表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われようと努力したのに、今日も攻略対象に追いかけられています。  作者: 限界まで足掻いた人生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

223/240

220話 泥濘の遠心力と、燃焼する悪夢

遊郭の悪夢。 そこは、千代の魂が最も恐れる、湿った黴の臭いと、男たちの欲望が澱む閉鎖空間だった。


千代は泥水の中に顔を押し付けられ、手足は錆びついた鉄の鎖で拘束されていた。カミとしての魔力は封じられ、ただの無力な少女に戻されている。


「諦めろ、千代。お前は一生、ここから出られない」


かつて愛した男、秋人が嘲笑いながら、千代の髪を乱暴に掴み上げる。その背後では、小袖が着物の袖で口元を隠し、冷ややかな視線を送っている。


「身の程を知りなさいよ。泥にまみれるのがお似合いよ」


千代は、唇を噛み締め、口の中に広がる鉄の味を確かめた。 (魔法は使えへん。力でも、男の秋人には勝てへん。……せやけど)


彼女の指先が、冷たい泥の感触を確かめる。 水分を含んだ、粘土質の土。 (泥……。これがあれば、摩擦係数を極限まで減らせる)


彼女は、秋人の視界の死角で、密かに濡れた着物のおびを解き、泥水に浸して固くねじり上げていた。水分を含んでねじられた布は、鋼鉄のような引張強度を持つロープに変わる。


「なぁ、秋人。あんた、遠心力って知っとるか?」


「あぁ? 何をわけのわからんことを……」


ズリュッ。


千代は、泥を潤滑油ルブリカントとして利用し、親指の関節を自ら外す勢いで、手首を強引に鎖の輪から引き抜いた。


「なっ!?」


秋人が驚愕する一瞬の隙。千代の身体が、泥の上を滑るように回転した。 彼女は、ねじり上げた濡れた帯を、鞭のようにしならせ、秋人の足首に精確に巻き付けた。


「捕まえたで」


千代は、自身の重心を極限まで低くし、泥で摩擦が消えた床を軸にして、コマのように高速回転を始めた。


遠心力アンギュラー・モメンタム


質量保存の法則において、回転の中心に近いほど、そのエネルギーは効率的に伝達される。 体重の軽い千代が軸となり、重い秋人が外周となる。 濡れた床。摩擦の喪失。そして強烈な回転エネルギー。


物理的なテコの原理が働き、秋人の巨体が、木の葉のようにふわりと宙に浮いた。


「う、わぁぁぁっ!?」


「空を飛びたい言うてたな? 飛ばしたるわ!!」


千代は、回転の遠心力が最大に達した瞬間、帯を放すのではなく、叩きつけるように軌道を変えた。


ドゴォォォォッ!!


秋人の体が、砲丸投げのように射出され、部屋の太い柱に激突した。骨が砕ける音が響き、彼は白目を剥いて崩れ落ちた。


「ひっ……!」


小袖が悲鳴を上げ、後ずさる。 千代は、乱れた着物を直しもせず、気絶した秋人の懐から鍵を奪い、足の鎖を解いた。


「力なんていらん。ここにあるもん全部、知恵があれば武器になるんや」


千代は、震える小袖に近づき、床に落ちていた行灯あんどんを拾い上げた。中には、たっぷりと油が入っている。


「小袖。あんたの作った着物、よう**燃えそう(可燃性が高そう)**やな」


「や、やめて……! 許して……!」


千代は、無慈悲に行灯を蹴り倒した。 油が床に広がり、灯芯の火が引火する。


燃焼反応コンバスション


酸素と可燃物と熱。単純な化学反応が、千代のトラウマを物理的な熱量へと変換していく。 炎は瞬く間に古い木造の遊郭を舐め尽くし、紅蓮の地獄へと変えた。


「燃えろ。わての弱さも、過去も、全部灰になれ」


千代は、燃え盛る炎の中を、火傷一つ負わずに歩き出した。 カミの力ではない。単なる熱力学的な破壊が、悪夢の結界を焼き払い、彼女を外の世界へと導いた。


「待っとれ、リリアーナはん。わても、もう『悲劇のヒロイン』は卒業や」


千代は、崩れ落ちる次元の壁を蹴破り、仲間たちの元へと帰還を果たした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ