210話 決壊する涙と、再起の微笑み
「みんな……本当に……?」
リリアーナの視線は、彷徨うように一人ひとりの顔を確かめた。
目の前には、私のために命を散らしたはずのクロードがいる。その胸には、致命傷の穴などない。 その隣には、ライオネル。失われたはずの左腕が、しっかりと剣を握りしめている。 自爆の炎に消えたはずのレオンハルトが、心配そうに私を見つめている。 そして、光となって消滅したはずのセバスチャンが、いつもの涼しい顔で立っている。 親友のカイも、誰一人欠けていない。
(泣いちゃだめ。今は戦いの最中よ。私が弱気を見せたら、みんなの士気に関わるわ……!)
リリアーナは、女王としての矜持で、震える唇を噛み締め、溢れ出しそうな感情を必死に堰き止めようとした。息を詰め、天井を仰ぎ、涙を引かせようとする。
しかし、クロードがそっと私の肩に触れ、「無事でよかった」と安堵の息を漏らした瞬間。
「ぅ……あ……ぅあぁぁぁぁ……!!」
限界だった。 私の意思とは裏腹に、心のダムが一気に決壊した。
ボロボロと大粒の涙が溢れ出し、喉の奥から子供のような嗚咽が漏れる。一度溢れ出した感情はもう止まらない。視界が歪み、立っていることさえできず、その場にしゃがみ込んで顔を覆った。
「リ、リリアーナ!? ど、どこか痛むのか!?」
クロードが慌てて膝をつき、私の背中を支える。
「お怪我ですか、リリアーナ様! 回復魔法を!」レオンハルトが顔色を変える。 「おいおい、どうしたんや! どっか折れとるんか!?」千代もオロオロと駆け寄る。
仲間たちは困惑していた。 彼らにとって、リリアーナとの別れは「つい先ほど」の出来事であり、世界線の統合によって記憶が共有されたとはいえ、リリアーナが一人きりで過ごした**「孤独な数年間」や、「彼らが死にゆく瞬間を看取ったトラウマ」**の深さまでは、まだ実感として共有できていなかったのだ。
なぜ、再会しただけでこれほどまでに泣き崩れるのか。彼らは、彼女が背負っていた絶望の重さを心配し、守ろうとしてくれた。
「ハンカチを。……顔が汚れてしまいますよ、お嬢様」
セバスチャンだけが、何かを察したように、静かにハンカチを差し出してくれた。その懐かしい所作に、さらに涙が溢れる。
私は、ハンカチを受け取り、顔をぐしゃぐしゃにしながら、何度も深呼吸をした。 この涙は、悲しみじゃない。安堵と、感謝と、そして再び彼らと共に在れる喜びだ。
(泣いている場合じゃない。この奇跡を、二度と手放さないために……!)
私は、涙を乱暴に拭うと、パンと両頬を叩いた。 そして、真っ赤に腫れた目で、しかし力強く立ち上がった。
「……ううん、違うの。どこも痛くないわ」
私は、心配そうに見つめるクロードたちに向かって、精一杯の、そして最高に晴れやかな笑顔を見せた。
「問題ないわ。ただ……あなたたちの顔を見たら、嬉しくて、止まらなくなっちゃっただけ」
私の言葉に、クロードたちは一瞬きょとんとし、やがて安堵の苦笑を浮かべた。
「そうか。……なら、いい」 「まったく、人騒がせなお姫様だ」
私は剣を構え直し、呆然とこちらの様子を眺めているアナザー王女とアザトースに向き直った。
「さあ、行きましょう! これが本当の、最後の戦いよ!」
私の背中には、もう孤独の影はない。 頼もしい仲間たちの足音が、私の心臓の鼓動と重なった。




