209話 世界線の収束と、英雄たちの帰還
リリアーナの意識がホワイトアウトし、アナザー王女の黄金の剣が彼女の心臓を貫こうとした、その0.01秒前。
ガギィィィィィンッ!!
鼓膜を劈くような、重く、硬質な金属音が時空の裂け目に響き渡った。 死の感触は訪れない。代わりに、リリアーナの頬を撫でたのは、懐かしい風と、力強い熱気だった。
リリアーナがおそるおそる目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
アナザー王女の振り下ろした神の剣を、一人の騎士の剣が、火花を散らして受け止めていた。 そして、その横から割り込んだ豪剣が、アナザーの体勢を崩している。
「……え?」
予期せぬ乱入者たち
「間に合ったか……! 待たせたな、リリアーナ!」
剣を交えているのは、紛れもない、クロード王子。 その横で、獅子のような気迫でアナザーを押し返しているのは、ライオネル殿下。
「リリアーナ様! 無事ですか!」
ボロボロになったリリアーナの体を、優しく、しかし力強く抱き起して庇っているのは、レオンハルト殿下。
「チッ、ガキ(アザトース)の相手はこっちだ。計算通りの座標だろ、カイ?」 「ええ。誤差修正完了。ゼロ、あなたの背中は私が守る」
アザトースが放とうとしていた追撃の魔法に対し、セバスチャンが完璧な構えで立ちはだかり、その背後で**カイ(103号)**が人造の知性で空間を解析している。
そして、彼らの後方で、肩で息をしながら膝に手をついているのは、着物姿の女性――**千代(千鶴)**だった。
「ハァ…ハァ…! ほんまに、無茶苦茶な連中やで…!」
脚本家の動揺
この光景を前に、絶対的な余裕を保っていたアナザー王女とアザトースが、初めてその表情を崩した。
「は……? え……はぁぁぁっ!?」
運命の創造者らしからぬ、素っ頓狂な裏返った声が響く。 アザトースもまた、論理回路が焼き切れたかのように口を開けて硬直した。
「あり得ない! 貴様らは死んだはずだ! それに、この時間軸への干渉は不可能なはず……!」
「脚本にないことなど、いくらでも起きる。それが、人間の運命だ」
クロード王子が、ニヤリと不敵に笑い、剣を弾いてアナザーと距離を取った。
奇跡の種明かし:世界線の統合
何が起きたのか。それは、リリアーナが砂時計を使って過去を救いに行ったことによる、**「世界線のバグ」ではなかった。もっと大きな、「愛と友情による奇跡」**だった。
リリアーナが仲間を救った、あの**「生存ルートの世界線」。 そこでは、元の世界からやってきたミサキが、悪役令嬢の肉体を乗っ取るのではなく、「転移者」**として現れ、本物のリリアーナと出会っていた。
なんと二人は意気投合し、**「世界平和と次元安定の研究」における最高のパートナーとなっていたのだ。彼女たちの天才的な頭脳と魔力は、リリアーナ(ユナ)が砂時計を使って時空を歪ませた瞬間、「全ての世界線を一つに統合する」**というとんでもない大魔術を完成させてしまった。
その結果、**「仲間が全員生きている時間軸」が正史として上書きされ、リリアーナ(ユナ)がいるこの「最終決戦の座標」**へとリンクしたのだ。
再会への疾走
統合された時間軸では、仲間たちは全員無事だった。しかし、リリアーナだけが砂時計に触れ、一人で過去(この最終決戦の場)へ行ってしまっていた。
「リリアーナがいない! 追いかけるぞ!」
クロードたちは、砂時計の残滓を辿り、時空の迷路を疾走した。しかし、座標が分からず途方に暮れていた時、向こうから走ってきたのが、**リリアーナに救われ、改心したばかりの千代(千鶴)**だった。
「うわっ! なんやあんたら!」 「そこを退け! ……待て、その羽織!」
全員が警戒して武器を構えたが、セバスチャンとカイが即座に判断した。 「害意はありません。それに、あの羽織から、リリアーナ様の微かな魔力を感じます」
「なぁ、あんた。金髪で、泣き虫で、でも最高に優しい女を見なかったか?」
クロードの必死の問いに、千代は目を見開いた後、ニカっと笑った。
「ああ、おうたわ。……あっちや! わてが案内したる!」
そうして、かつての敵であった千鶴(千代)の導きにより、彼らはこの**「運命の特異点」**へと駆けつけたのだった。
逆転の狼煙
現在に戻る。 ボロボロのリリアーナは、涙で霞む視界で、愛する人たちを見上げた。
「みんな……本当に……?」
「遅くなってすまない、リリアーナ」
クロード王子が、リリアーナの頭を撫でた。その手は温かく、力強い。
「君が一人で頑張っていた記憶も、全部俺たちの中に流れ込んできた。……もう、一人にはさせない」
クロード、ライオネル、レオンハルト、セバスチャン、カイ、そして千代。 最強の布陣が、リリアーナを守る鉄壁の陣形を組んだ。
「さあ、アナザー。ここからは**台本なし(アドリブ)**だ」
クロードが剣を突きつける。
「俺たちの運命を、返してもらうぞ!」




