21話 クロード王子の策略
リリアーナ嬢が去った後、俺は一人、薄暗い執務室に戻っていた。窓の外では、夕陽が最後の光を振り絞るように、街を赤く染めている。美しい光景だが、俺の心には何の感興も湧かない。ただ、計画の第一段階が成功したことへの静かな満足感だけが、胸中に広がっていた。
「愛される」という呪いは、確かに彼女を苦しめていた。だが、それは彼女を、俺の掌の上で踊らせるための、最高の舞台装置だった。三柱の「カミ」の力は強大だ。彼らが与えた運命の鎖は、通常、人の力では断ち切れない。しかし、彼らが定めた運命は、あまりにも単純すぎる。
「愛される」……その呪いの本質は、彼女を望む者、愛する者、そのすべてが彼女の意志を無視し、所有しようとすることにある。そして、その感情は、彼女を壊すまで続く。
レオンハルト殿下は、その呪いの力を最大限に発揮する、最も純粋で、最も愚かな駒だ。彼は、彼女を心から愛している。その愛こそが、彼女を苦しめる鎖なのだ。だが、その純粋さゆえに、彼は「愛する自由」という概念を理解できない。彼は、彼女が自分を愛してくれることだけを願う。その願いが、彼女の絶望を深くしていく。
一方、俺は違う。「カミ」の血を引く俺は、その運命の呪いを書き換えることができる。だが、俺は彼女を「愛さない」という選択をした。それは、彼女を自由にするためではない。彼女に「愛を選ぶ自由」を与え、その自由を謳歌させることで、彼女の心に、俺の存在を、忘れられない光として刻み込むためだ。
『あぁ、愛とか運命とか、そんなモン捨ててぇんだろ。じゃあよ……代わりに“死”をくれてやんよ。そっちのが似合ってんぜ』
あの「カミ」たちの声が、今も俺の頭の中で響いている。奴らは、俺が彼女を「愛さない」という選択をしたことを、面白がっている。そして、彼女が「愛を選ぶ自由」を手に入れたことで、彼女の存在が、ますます彼らの関心を引くことになった。
「カミ」は、退屈を嫌う。彼らは、予測不能な出来事、混沌、そして絶望を心から愛している。リリアーナ嬢が「愛を選ぶ自由」を手に入れた今、彼女の周りでは、様々な愛が渦巻くだろう。純粋な愛、歪んだ愛、そして、裏切り。
そして、その混沌の中で、彼女はきっと、再び絶望する。
「カミ」たちが、彼女の運命を弄ぶように、俺もまた、彼らを、そして彼女を弄んでいる。レオンハルト殿下は、彼女の隣で、彼女を愛し続けるだろう。その愛は、彼女を救うどころか、彼女を縛り付ける。そして、彼女が誰かを愛そうとすればするほど、その愛は、さらなる悲劇を引き起こす。
俺は、静かに笑みを浮かべた。
「リリアーナ嬢……あなたは、愛を選ぶ自由を手に入れた。だが、その自由は、あなたを、真の絶望へと導くための、最初の道標に過ぎない」
彼女の旅は、始まったばかりだ。そして、その旅の終着点は、俺が定める。
俺は、彼女が絶望の淵に落ちたとき、再び彼女の前に現れ、真の救い主として、彼女のすべてを手に入れる。
愛される呪いを解くことができるのは、愛されたくないと願う者ではなく、愛を弄ぶ者だけだ。
俺の計画は、まだ始まったばかりだ。リリアーナ嬢……あなたは、この世界で最も愛され、そして、最も恐ろしい運命を歩むことになる。




