206話 脚本家の誤算と、神の知恵の対峙
「クロード!!」
リリアーナの絶叫と共に振り下ろされた、全ての想いを乗せた一撃。それは、次元の壁すらも両断する、愛と因果の奔流だった。運命の創造者であるアナザー王女でさえ、直撃すれば無事では済まない威力を持っていた。
しかし、アナザーは眉一つ動かさず、冷徹に指を鳴らした。
「盾となれ。」
その命令一下、アナザーの周囲に控えていた近衛護衛軍の兵士たちが、迷うことなく彼女の前に飛び出した。彼らは自らの肉体を魔力の爆弾に変え、リリアーナの剣閃に対して自爆特攻を仕掛けたのだ。
ドオオオォォォン!!
凄まじい閃光と轟音が時空の裂け目を揺るがす。 リリアーナの一撃は、護衛軍全員の命と引き換えに、アナザーに届く寸前で完全に相殺された。
「くっ……! 命を、なんだと思っているの!」
リリアーナは、煙のように消滅していく兵士たちの命を悼む暇もなく、攻撃の反動で体勢を崩した。
知識の神の追撃
その致命的な隙を、幼き知神アザトースが見逃すはずがなかった。
「非効率な攻撃だ。感情による力の増幅は、防御の脆弱性を生む」
アザトースは、無機質な瞳でリリアーナの死角を捉え、青い論理の鎖を放った。
ガギィッ!
「あがっ……!」
鎖は、リリアーナが咄嗟に展開したレオンハルトの盾を貫通し、彼女の肩と足を深々と抉った。リリアーナは血を吹き出し、無防備な姿で地面に叩きつけられた。
アザトースは、トドメを刺すべく、掌に膨大な魔力を収束させる。 「消去」
創造者の興味
しかし、その攻撃が放たれる直前、威厳ある声がそれを制止した。
「待て、アザトース。控えろ」
アナザー王女が、静かに、しかし絶対的な命令を下した。 アザトースは即座に魔力を霧散させ、主の背後へと退く。
「なぜですか、母上。彼女は危険因子の塊です」
「よく見るがいい」
アナザーは、傷つきながらも立ち上がろうとするリリアーナを見下ろした。その瞳には、嘲笑ではなく、初めて探究心と警戒の色が混ざっていた。
「あの女が使う力……。単なる人間の感情や、砂時計の残滓だけではない」
アナザーは、リリアーナの身体から立ち上る、五色のオーラ(仲間たちの力)を分析した。
「あれは、我々カミが持つ**『完全な知識』に至る前の、不確定で不安定な力……そう、『擬似的なカミの知恵』**そのものだ」
かつてアナザー自身が作り出し、武神コウタに埋め込んだはずの擬似知識。それが、長い歴史と人間の絆を経て変質し、今、リリアーナという器の中で進化していたのだ。
「面白い。私の書いた脚本の外で、私の作り出した力が、人間に牙を剥かせるまでに育ったか」
アナザーは、優雅に、しかし殺気を込めて、自らのドレスの裾を払った。彼女の手には、運命を記述するための黄金のペンが、剣のように握られている。
「アザトース、手出しは無用だ。この戦いは、創造者と被造物の、どちらの知恵が上回るか試す、品評会とする」
最終局面:一対一
リリアーナは、激痛に耐えながら立ち上がった。 護衛軍も、アザトースの介入もない。目の前にいるのは、全ての悲劇の脚本を書いた元凶、アナザー王女ただ一人。
「リリアーナ。お前のその『擬似的な知恵』が、私の絶対的な運命を覆せるか……試してやろう」
「覆してみせる……! 私たちの生きた証は、あなたのインクなんかじゃない!」
リリアーナは、血に濡れた手でクロードの剣を構え直した。 周囲の時空が軋みを上げる。
神と人。脚本と意志。 互いの存亡を懸けた、正真正銘の**一騎打ち(タイマン)**が始まった。




