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嫌われようと努力したのに、今日も攻略対象に追いかけられています。  作者: 限界まで足掻いた人生


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204話 混沌の原点と、名もなき旅人

リリアーナの意識は、最後の跳躍を果たした。 辿り着いたのは、全ての始まりの場所。帝都から遥か離れた、寂れた外れ町の川辺。


空はどんよりと曇り、冷たい風が吹き抜けている。 川岸には、薄汚れた着物を着た一人の女性――千代が、うずくまっていた。 彼女の手には、鶴の羽を織り込んだ、白く輝く美しい羽織が握りしめられている。


それは、彼女が小袖の悪意ある施しと、秋人の裏切りへの憎悪、そして生きるための執念で作り上げた、最初の一着だった。 しかし、この時代の町の人々はそれを理解せず、彼女は孤独と貧困に追い詰められていた。彼女の心は今まさに、世界への絶望で塗りつぶされ、カミ「千鶴」へと変貌する一歩手前にあった。


「こんなもん……何になるんや……」


千代の声は震えていた。 彼女は、羽織を川の濁流に投げ捨てようと腕を振り上げた。これを捨てれば、彼女は完全に心を閉ざし、肉体を売るか、あるいはもっと恐ろしい「力」を求める道へと堕ちていく。


「どうせ、誰も見てくれへん……。わての人生なんか、ゴミや……」


その腕が振り下ろされそうになった、その時。


「待ってください」


リリアーナは、**「旅人の姿」**を借りて、千代の前に現れた。 女王としての威厳はない。ただの一人の人間として、彼女の前に立った。


千代は驚いて顔を上げた。その瞳には、深い警戒と敵意が宿っている。 「なんや、あんた。……わてを笑いに来たんか?」


「いいえ」


リリアーナは、千代が握りしめている羽織に視線を落とした。 未来で、千鶴が「混沌の象徴」として纏っていたものとは違う。そこにあるのは、ただ純粋に美しく、そして悲しいほどに繊細な手仕事だった。


「とても……美しい羽織ですね」


リリアーナの言葉に、千代は目を見開いた。 「……は?」


「その織り方、そしてその羽の温もり……。そこには、あなたの優しさと才能が詰まっているわ」


「嘘つくな! これは……!」 千代は叫んだ。 「これは、裏切りへの宛てつけや! 小袖への嫉妬や! わての怨念みたいなもんがこもってるんやぞ! 綺麗なんて言葉で……」


「いいえ。私には、祈りに見えます」


リリアーナは、千代の汚れた手を、躊躇なく両手で包み込んだ。 その温もりに、千代の言葉が詰まる。


「誰かに認められたかった。誰かに愛されたかった。……そんな、切実で美しい祈りです。私は、これをとても愛おしいと思います」


それは、未来で千鶴と殺し合ったリリアーナだからこそ言える、魂の底からの言葉だった。カミとしての千鶴ではなく、人間としての千代を肯定する言葉。


リリアーナは懐から、革袋を取り出し、千代の手に握らせた。 中に入っているのは、彼女が自立して生きていけるだけの、十分な金貨だった。


「私に、それを譲ってくれませんか? これは、あなたへの憐れみではありません。素晴らしい作品への、正当な対価です」


千代は、震える手で金貨の重みを感じ、そしてリリアーナの澄んだ瞳を見た。そこには、軽蔑も同情もなく、ただ敬意だけがあった。


「え……あ、あんた、これが……本当にええのんか? わてなんかにお金を払うて……」


「ええ。それは、世界で一番、素敵な羽織よ。だから……自分を卑下しないで」


リリアーナは、千代の瞳を覗き込み、未来を変えるための最後の言葉を贈った。


「あなたは、誰よりも自由に生きられるわ。憎しみではなく、その才能で……どうか、笑って生きて」


千代の瞳から、どす黒い絶望の色が消え、大粒の涙と共に希望の光が灯った。 彼女が欲しかったのは、愛の言葉でも、復讐でもなかった。ただ、「千代」という一人の人間としての価値を、誰かに認めてほしかったのだ。


「おおきに……おおきに……!」


千代は、羽織をリリアーナに渡し、何度も頭を下げた。 彼女は金貨を握りしめ、この町を出る決意をした。遊郭にも戻らず、秋人への復讐もせず、自らの足で広い世界へと歩き出す道を選んだのだ。


彼女の背中が、夕焼けの中に消えていく。 彼女がカミ「千鶴」となり、世界を混沌に陥れる未来は、ここで完全に消滅した。


「……終わったわ」


リリアーナは、手の中の羽織を見つめ、空を見上げた。 全ての悲劇の根源が断たれた。 アザトースも、武神も、この世界に干渉する理由を失った。


世界が、白く輝き始める。 歴史が再構成され、リリアーナという「異物」が存在した事実が、世界から優しく拭い去られていく。


クロード王子との出会いも、セバスチャンとの日々も、カイとの共闘も。 全ては「無かったこと」になる。 けれど、彼らは確かに、どこかで幸せに生きている。


リリアーナの意識は、砂時計の光の中に溶けていった。 手足の感覚がなくなり、自我が世界に拡散していく。 恐怖はなかった。あるのは、満ち足りた幸福感だけ。


(これでいいの。みんな、幸せに……)


光の中、彼女は最後に、愛する人たちの笑顔を思い浮かべた。

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