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嫌われようと努力したのに、今日も攻略対象に追いかけられています。  作者: 限界まで足掻いた人生


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203話 炎の中の約束と、別れの接吻

リリアーナの意識は、血なまぐさい戦場から、柔らかな陽光が降り注ぐ場所へと舞い降りた。


そこは、フレイア王城の庭園。 手入れの行き届いた芝生の匂いと、咲き誇る薔薇の香りが風に乗って漂っている。 平和そのものの風景。しかし、リリアーナだけは知っている。ここが、クロード王子の運命が焼き尽くされ、「復讐者」へと変貌させられた、悲劇の原点であることを。


(あそこ……)


視線の先には、まだあどけない表情の幼いクロード王子がいた。 彼は身の丈に合わない木剣を一生懸命に振っている。その額には汗が滲み、瞳は真剣そのものだ。


「素晴らしい筋だ、クロード」 「ああ、なんて凛々しいのでしょう」


その傍らには、穏やかに微笑む父王と、優しく見守る母妃の姿があった。 本来の歴史では、この数分後、武神・耕太が「退屈しのぎ」という理不尽な理由でこの庭園を襲撃し、全てを紅蓮の炎に変えてしまう。


空気が、ビリビリと震え始めた。 空が不自然に歪み、耳障りな不協和音が響く。頭上に、禍々しい赤黒い雷雲が渦を巻き始めた。武神の干渉が始まるのだ。


(来た……。でも、もう二度と、あなたに手出しはさせない!)


リリアーナは、時の狭間で、「時の砂時計」の力を解放した。 彼女が使うのは、武力による迎撃ではない。アザトースに修正されないための、より根源的な因果律の書き換えだ。


『武神耕太。あなたの物語は、ここでは生まれない』


リリアーナは、砂時計の砂を大量に代償として捧げ、武神がこの庭園に向けた**「興味」のベクトル**そのものを、強引にねじ曲げた。 座標をずらし、因果を逸らす。彼が破壊すべき対象を、この幸福な庭園から、遥か彼方の無人の荒野へと書き換える。


「消えなさい……永遠に!」


空の歪みが、悲鳴を上げて収縮した。 降り注ぐはずだった赤い雷は、幻のように霧散し、黒い雲は風に流されて消えていった。


後に残ったのは、変わらぬ青空と、穏やかな陽だまりだけ。 誰も、空の異変にすら気づかなかった。破滅の運命は、誰の記憶にも残らず、静かに回避されたのだ。


「おや、風が強くなったかな?」 「ふふ、クロードの帽子が飛んでいってしまいましたわ」


父王の笑い声が響く。 幼いクロードは、風にさらわれた帽子を追いかけて、元気に芝生の上を駆けていく。


「待て待てー!」


その無邪気な笑顔。 家族に愛され、何の陰りもない、純粋な少年の顔。 それは、リリアーナが知る「影のある王子」でも、「冷徹な王」でもない。彼女が一度も見たことのなかった、本来あるべき彼の姿だった。


リリアーナは、透明な体で彼に近づいた。 そっと手を伸ばし、その柔らかな頬に触れる。温もりは伝わらないけれど、愛おしさは魂を震わせた。


(クロード……。これで、あなたは家族を失わない。カミへの憎しみに人生を捧げることもない)


復讐がないということは、彼が力を求めることもない。 大皇国への潜入も、カミとの壮絶な戦いも起こらない。 そして――リリアーナという異邦人と出会い、命懸けの恋をすることも、決してない。


彼女は、自らの手で、**「彼と結ばれる未来」**を消滅させたのだ。


(あなたは、憎しみを知らないまま、優しい王になって。民を愛し、家族を愛し……)


リリアーナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ち、光の粒子となって消えていく。


(そして、いつか……私ではない誰かと、幸せな恋をしてね)


胸が張り裂けそうだった。けれど、それ以上に、彼が幸せに笑っている事実が、彼女を救っていた。 これは、自己犠牲ではない。彼女が、自分の意志で選び取った、最高にわがままで、最高に幸福な結末。


リリアーナは、帽子の埃を払う幼いクロードの額に、音のないキスを落とした。


「さようなら。……私の、愛しい王子様」


風が吹き抜け、クロードがふと顔を上げた。 「あれ? 今、なにか……」 彼は不思議そうに周囲を見回したが、そこにはもう、誰もいなかった。ただ、温かい光のような余韻だけが、彼の心に残っていた。


リリアーナの意識は、涙と共に光の中に溶け、最後の目的地――全ての悲劇の根源へと向かった。

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