2話 勘違いはさらに加速する
嫌われようと悪役令嬢を演じてきた。
全ては、悲惨な未来を回避するため。
なのに、なぜだろう。
私の努力は、ことごとく裏目に出てしまう。
攻略対象たちは、私の行動を「愛の証」だと勘違いし、
気づけば私の周りでは、なぜか争奪戦が始まっていた。
違うの!
私を嫌って!
私は、あなたたちを不幸にする悪役令嬢なのに!
破滅を望む悪役令嬢と、彼女を溺愛する攻略対象たち。
勘違いとすれ違いが加速する第2話。
「自己犠牲の優しい令嬢……?」
レオンハルト殿下の言葉に、私は心の中で叫びたくなった。違う、違う、そうじゃない!私はただ、悲惨な未来を回避するために、嫌われようと悪役を演じているだけなのに、なぜそうなるのか。
「リリアーナ。君は、自分のことを悪役だと思っているのか?」
レオンハルト殿下は、私の頭を撫でながら、まるで幼い子供を諭すように言った。その優しい声が、私の胸を締めつける。ああ、もうダメだ。この人は、私の全ての行動を、ポジティブな方向にしか捉えない。
「もう……もういいです!お一人で、ご勝手に!私は部屋に戻ります!」
私は半ばヤケになって立ち上がり、彼に背を向けた。早くここから離れたい。彼の存在は、私の「嫌われる努力」を根底から崩してしまう。
「待て、リリアーナ」
しかし、私の腕は、彼の力強い手によって掴まれた。振り返る間もなく、私は彼の胸に引き寄せられる。
「っ……離してください、殿下!」
「嫌だ」
レオンハルト殿下は、私の耳元で囁いた。その声は、甘く、そしてどこか切なさを帯びていた。
「君がどうしてそんなに自分を卑下するのか、私にはまだわからない。だが、君が悪役だなんて、決して思わないでくれ。私は、君の全てを知っている。そして、それでも君を愛している」
レオンハルト殿下の告白に、私の心臓は止まりそうになった。彼の愛?いや、そんなはずはない。これは原作にはない展開だ。彼は、イザベラに恋をするはずなのに。
「殿下、それは……」
私は必死に言葉を探すが、何も出てこない。その時、遠くから別の声が聞こえてきた。
「リリアーナ様、ここにいらっしゃったのですね!」
振り返ると、そこには第二王子アルフレッド殿下と、第三攻略対象である騎士団長ロベルト様が立っていた。彼らの表情は、なぜか焦りを帯びている。
「アルフレッド殿下……ロベルト様……」
私が戸惑っていると、レオンハルト殿下は、私を抱きしめたまま、彼らを睨んだ。
「お前たち、何の用だ。ここは私とリリアーナの二人きりの時間だ」
「レオンハルト殿下、それは違います!リリアーナ様は、今日この後、私と学園の図書館で読書会をすることになっているのです!」
アルフレッド殿下が、静かに、しかし断固とした口調で言った。彼の言葉に、私は首を傾げる。読書会?そんな約束は、した覚えがない。
「リリアーナ様!早く行きましょう!この後、魔術具の制作の手伝いもあるのです!」
ロベルト様まで、なぜか私を必死に誘っている。魔術具の制作?それも初耳だ。
「は?読書会?魔術具?リリアーナ、そんな約束をしていたのか?」
レオンハルト殿下が私に尋ねてくるが、私はただ首を横に振るしかなかった。
「ち、違います殿下!私は何も……」
私の言葉を遮るように、アルフレッド殿下は、穏やかな笑顔のまま、レオンハルト殿下に囁いた。
「レオンハルト殿下。いくら婚約者だからといって、リリアーナ様を独占するのはどうかと思いますよ。彼女は、みんなの人気者ですから」
「ふん。人気者?私のものだ」
レオンハルト殿下とアルフレッド殿下の間に、目には見えない火花が散っている。ロベルト様も、いつの間にか剣に手をかけている。
これは、いったいどういう状況だ?私はただ、嫌われようと努力していただけなのに。なぜ、こんなにも追いかけられ、奪い合われるような事態になっているのか。
私は、この奇妙な状況から逃げ出したくなった。
「……あの、皆さん!私は、もう部屋に戻りたいのですが……」
私の声は、彼らには届かなかった。彼らは、私という存在を賭けて、激しい心理戦を繰り広げている。私は、ただその中心で、困惑するばかりだった。
部屋に戻った私は、ベッドに倒れ込んだ。本当に疲れた。嫌われようと悪役を演じているのに、好感度が上がるどころか、なぜか恋愛フラグが乱立している。しかも、原作のヒロインであるイザベラは、完全に蚊帳の外だ。
「どうすれば、この悪役令嬢としての人生から脱出できるの……」
私は、ただただ天を仰ぐしかなかった。しかし、その時、部屋の扉がノックされた。
「……はぁ、今度は誰よ」
私は諦めとともに扉を開けた。そこに立っていたのは、第四攻略対象である天才魔術師のジル殿下だった。彼の顔は、いつも以上に険しい。
「リリアーナ、無事か?レオンハルト殿下に、変なことをされていないか?」
ジル殿下は、私の部屋にずかずかと入ってきた。
「へ、変なことって、何を……」
「……この部屋、魔術的な結界が張られている。おそらく、レオンハルト殿下が君を独占しようと、他の者から隔離したのだろう」
ジル殿下の言葉に、私はぞっとした。レオンハルト殿下は、私が想像していた以上に、恐ろしい人なのかもしれない。
「リリアーナ、君は、レオンハルト殿下に怯えているのか?」
ジル殿下は、私の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「いえ、別に怯えてなんて……」
「嘘をつくな。君の魔力は、不安で乱れている。君をこんなに追い詰める彼から、私が守ってあげよう」
ジル殿下は、そう言うと、私の手を握りしめた。彼の魔力が、私の体へと流れ込んでくる。それは、暖かく、そして力強い。私は、安堵とともに、彼の胸に倒れ込んでしまった。
「ジル殿下……」
「君を、誰にも渡さない。君は、私のものだ」
ジル殿下の言葉に、私の頭は混乱した。
この世界は、私が知っている乙女ゲームの世界とは、少し違うようだ。嫌われようと努力した結果、なぜか私は、攻略対象たち全員に追いかけられる、新たな修羅場へと足を踏み入れてしまったのだ。
「もう……誰か、私を嫌って!」
私は心の中で叫んだ。しかし、私の叫びは、夜の闇に吸い込まれるように、虚しく響くだけだった。




