190話 女王の独白と、守護者の動揺
リアンの問いかけに対し、リリアーナ女王は、兄ライオネルの運命について、明確な返答を拒んだ。彼女の口が開いたのは、彼への報告ではなく、誰にも聞かせることのない、孤独な魂の叫びだった。
「ごめんなさい、リアン様……」
リリアーナの瞳は、虚ろなまま、目の前の巨大な砂時計を見つめていた。その言葉は、既に涙も出ない、乾いた懺悔だった。
「私たちは、この砂時計という最高の切り札を、最後まで上手く使えなかった。あなたに命を懸けて止めてもらったのに、私たちは、それを交渉材料にすることすらできなかったわ」
彼女の頭の中には、戦場の悲劇が、止めどなく再生されていた。
「ライオネル殿下と、レオンハルト殿下が、敵の傀儡として私たちの前に現れた時……私は、なんとか二人を説得しようとした。故郷であるこのヴァーレントの地に、二人を連れ戻して、静かに暮らそうとまで考えたのに……」
リリアーナの膝が、微かに震え始めた。
「でも、それは、私の甘い願望でしかなかった。結局、彼らは私をかばい……私の目の前で、もう一度、死んだ。彼らは、最後まで、私を守る剣で在り続けた。そして、私は、その剣が折れるのを見ていることしかできなかった」
彼女の独白は、次第に病的なものになっていった。
「私は、皆が強かったから、女王でいられたのよ。クロード、セバスチャン、カイ、ライオネル、レオンハルト……彼らが私の弱さを補ってくれただけ。私は、この五年間で、全く強くなっていなかった……。私は、皆の死に相応しいほどの価値を、まだこの世界にもたらしていない……」
リリアーナの肉体は、精神の崩壊に引きずられ、大きくよろめいた。
リアンは、砂時計の停止という極限の集中を保ちながらも、その悲痛な独白に耐えきれず、反射的に彼女の倒れそうな身体を支えた。
その瞬間、リアンの腕に伝わってきたのは、あまりにも荒い呼吸と、極度に消耗した肉体の熱だった。そして、憔悴しきっているにもかかわらず、彼女の肌から放たれる**、生者としての強烈な魅力**が、リアンの心臓を大きく揺さぶった。
(なんて、生々しい。こんなに全てを失い、崩れ落ちそうになっているのに、彼女は…)
彼は、理性の奥で、女性としてのリリアーナに強く惹かれていることを自覚したが、この悲劇的な献身の空気を壊すことは許されなかった。
リアンは、冷静さを装い、無言のまま、リリアーナの身体が再び立つように支えた。そして、再び、その全神経を時の砂時計の停止へと戻した。




