184話 終着点、時の砂時計と女王の覚悟
千鶴は、王城の地下の迷宮を、アザトースの論理の残滓と自身の混沌の知識を駆使して、迷うことなく進んだ。彼女の目的は、この世界の全ての運命の記録が詰まった**『時の砂時計』**の奪取だ。
やがて、彼女の足音は、湿った石壁に囲まれた、最も古い区画で止まった。
埃なき疑問
千鶴の目の前には、分厚い金属製の扉があった。この扉の向こうに、砂時計が眠っている。
「ここやな…クロード王子が愛した世界の、運命の原点」
千鶴は、この区画が数百年単位で使われていない古い通路であることを知っていた。しかし、その通路は、埃ひとつなく、清掃されたかのように綺麗だった。
「フン。こんな古い地下を、律儀に掃除する人間などおるんか?女王様が時の原点を大切にしとるんか知らんが…無駄な非効率やで」
千鶴は、その小さな違和感を**「リリアーナの無駄なこだわり」として片付け、扉に手をかけた。彼女の心には、目の前の究極の知識**への渇望が勝っていた。
砂時計と憔悴の女王
重い扉を押し開けた瞬間、千鶴は、その光景に息を呑んだ。
部屋の中央には、予測を遥かに超える、**人二人分はある巨大な『時の砂時計』**が、青い光を放ちながら静かに鎮座していた。その砂粒一つ一つが、過去から未来へと、ゆっくりと流れ落ちている。
しかし、千鶴が驚愕したのは、その大きさではない。
砂時計の真下に、一人の女性が背筋を伸ばしたまま、静かに座っていたからだ。
彼女は、紛れもなくリリアーナ女王だった。
「な…に…?」
千鶴の目に映るリリアーナ女王の姿は、五年前にクロード王子を失い、復興を成し遂げた**『強い女王』**の面影を微塵も残していなかった。
彼女の顔は極度に憔悴し、血の気がないほど白い肌。目の下には、深い、濃いクマができており、何よりも恐ろしいのは、その瞳に宿る光が完全に失われていることだった。その瞳は、まるで空の器のように虚ろで、この世の全てへの興味を失っているかのようだった。
リリアーナ女王は、千鶴の侵入に気づいているのかいないのか、反応を示さない。
千鶴は、その異様な状態に、思わず後退した。
「リリアーナ…?あんた、何をしとるんや…」




