174話 外伝:混沌のルーツ (9) - 崩壊の未来
秩序による断罪
千代が、アナザーとアザトースという運命の超越者と対峙した瞬間、彼女の意識は、激しい苦痛と共に現実から引き剥がされた。
彼女が目にしたのは、自身が異国の取引を続けた先に待つ、論理的に予測可能な絶望の光景だった。
場所は、あの外れ町の広場。
内務省の特務調査員たちは、秘密裏に千代の動向を調べており、彼女が次の取引を終えた直後、冷徹な論理に基づき、彼女の長屋を急襲した。
「鎖国令違反、国家秩序攪乱の罪で、身柄を拘束する!」
千代は、抵抗の暇もなく拘束され、極秘の研究施設に近い場所にある臨時尋問所へと連行された。そこで彼女を待っていたのは、知識や富の価値を理解しない、論理のみを信奉する調査員たちによる、無感情な尋問と拷問だった。
「吐け!貴様は、いかなる組織と関わり、いかなる情報を国外に漏洩した!」
血と泥にまみれた千代の身体は、秩序の暴力によって尊厳を奪われ、数日後、見せしめのための公開処刑に引き出された。
憎悪の舞台
寒々とした外れ町の広場に特設された処刑台。千代は、鎖に繋がれ、全身を打撲で紫色に染め、もはや立っていることすらできず、調査員に引きずられて処刑台へと登らされた。
観衆は、外れ町の貧しい住民たちだ。彼らは、千代の羽織りを買わなかった者、彼女の成功を嫉妬した者たちであり、その眼差しは、「秩序を乱した者にふさわしい末路」を見る安堵と嫌悪に満ちていた。
そして、その観衆の最前列に近い場所。
秋人と、上等な羽織りに身を包んだ小袖が、寄り添うように立っていた。彼らは、遊郭を離れ、堅実な生活を築き始めているようだった。
小袖は、顔を秋人の胸に埋めるようにしながら、ぶりっ子風の、甘い声で、しかし冷たい悪意をもって囁いた。
「秋人さん…見てください。千代さん、あんなに危ない商売に手を出すから、ああなっちゃったのね。小袖は怖くて見てられないわ。論理的な秩序に従うのが、一番安全なのに…」
秋人は、かつて愛し、そして裏切った女の惨めな姿を、何の感慨もなく冷たい目つきで見つめていた。
「フン。当然の報いだ。あいつは、愛という非論理的な幻想に囚われた挙げ句、秩序の外側に論理的な生存を見出そうとした。だが、国家の秩序を乱せば、こうなる。やはり、論理的な生存のためには、権威に屈することが最善の選択だったのだ」
秋人は、千代がこの世から消えることを、自分たちの秩序と安寧が守られる**「論理的な勝利」として、嫌悪と安堵の視線で見つめていた。千代は、処刑台から、その裏切り者の視線**を憎悪に燃える瞳で捉えた。
「お前らだけは……!」
千代の最後の言葉が、断末魔の叫びとなり、その意識は黒い絶望に飲み込まれた。
運命の警告
その光景は、一瞬にして霧散した。
千代は、元の川辺に戻っていた。彼女の手には、まだ鶴の羽織りが握られている。眼前には、アナザー王女と、幼きアザトースが静かに立っていた。
「…チヨ」
アナザー王女の声が響いた。
「今、あなたが見た光景が、あなたが**『憎悪』のみを頼りに、『論理的な生存』**を選び、単独で秩序に抗った場合の、予測可能な結末だ」
アザトースが、冷徹に付け加えた。
「あなたの憎悪は、この世界を動かす混沌の原動力となる。しかし、適切な知識と対価を持たなければ、それは秩序に喰い潰されるだけの、無駄なエネルギーだ」
二人の言葉は、千代の心を抉った。彼女の憎悪は、単なる感情ではなく、世界を歪ませる力となり得る。そして、その力を制御するためには、**「カミの知識」**が必要なのだと。




