173話 外伝:混沌のルーツ (8) - 運命の邂逅
予測不能な技術
千代は、異国の旅人たちとの秘密の取引を続け、羽織りの評判は密かに高まり始めていた。彼女は、「憎悪」と「知性」を原動力に、身体を売らずに富を得るという、自らの新しい秩序を確立しつつあった。しかし、その秩序は、帝都から派遣された監視の影に既に脅かされていた。
そんなある日、千代が羽織りの材料である羽を集めるため、人里離れた川辺に向かうと、常識を覆す光景を目撃した。
ズン、という、空間が歪むような重い音と共に、川岸の空間が波打つように一瞬にして開いた。
そこから、船もツテも持たない、異様な装束の者たちが何組も現れた。彼らは、まるで**「そこにあった」**かのように、唐突に現実世界に現出したのだ。それは、この時代の科学や魔術では、到底あり得ない空間移動技術だった。
千代は、その**「予測不能な非合理」に、恐怖よりも強烈な興奮**を覚えた。
アナザー王女とアザトース
集団の先頭に立っていたのは、威厳に満ちた女性と、その隣に立つ、幼くも聡明な瞳を持つ少女だった。
威厳ある女性が、千代を見据えて、厳かな声で告げた。
「私はアナザー。そして、こちらは私の娘、アザトース。我らは、運命の導きによって、この世界に来た」
千代の身体に電流が走った。彼女が後にカミとして相対することになる、**「知識と論理の神」**アザトースと、その母アナザー王女――運命の創造者――との、最初の邂逅だった。
アナザーは、千代が手に持っていた白い羽織りを指さし、静かに言った。
「その羽織り。我らに、その織り上げられた布地を見せてはくれまいか?」
織物に宿る憎悪
千代は、動揺を悟られぬよう、冷静に羽織りを差し出した。異国の旅人たちは、まずその外見の美しさや感触を褒めたが、アナザーとアザトースは違った。
アナザーは、羽織りを手に取ると、目を閉じ、一呼吸置いてから言った。
「美しい織りだ。だが、この羽織りには、冷たい炎が宿っている。それは、親への愛、友人への優しさ、そして…憎悪」
隣にいた少女、アザトースは、その幼い瞳を開き、冷徹な論理をもって羽織りの本質を解析した。
「この織り手は、論理的な絶望から、この羽織りを作り上げた。自己の身体を売るという予測可能な結末を拒否し、憎しみを、この非合理な材料に昇華させている。この着物の中身**は、純粋な憎悪で成り立っている。あなたは、何者だ?」
千代の心が、裸にされた。彼女の**「憎悪を原動力にした合理的な生存戦略」**を、この少女は一瞬で見抜いたのだ。
千代は、遊郭の客から金銭のために褒められたり、小袖から偽善的な施しを受けたりしたが、魂の奥底の感情をここまで正確に看破されたのは、生まれて初めてだった。
「わては、千代…ただの、運命から逃げ出した女や」




