166話 外伝:混沌のルーツ (1)
汚れた華と、真実の渇望
千鶴がまだ「鶴神千鶴」というカミの名を持つ前のこと。彼女は、**「千代」**という名で、大皇国の前身となる時代の、薄暗い遊郭に生きていた。
遊郭は、華美な装飾と、裏腹の絶望と汚濁が渦巻く場所だった。千代の美貌は、客を引きつけたが、彼女自身の心は、この場所の全てを冷めた目で見つめていた。彼女の肉体は、金と欲望の取引の道具として、毎日を消費されていった。
「千代。お前さんの眼ぁは、いつも冷たいねぇ。まるで、この世の全てがつまらんとでも言いたげな顔だよ」
女将にそう言われるたび、千代はただ微笑むだけだった。彼女は、目の前の客の愛の言葉も、永遠の誓いも、全てが**虚偽**であることを知っていた。この遊郭で交わされる感情は、金銭で買える、予測可能な消費財でしかなかった。
「この世に、真実の愛なんて、あるんやろか?」
彼女の心は、激しく渇望していた。自分が金銭や肉体ではなく、ただ一人の人間として愛されること。この汚れた肉体を乗り越え、彼女の魂そのものを慈しんでくれる、予測不能なほどの純粋な感情を求めていた。
偽りの愛と皮肉
千代は、遊女という仕事を通して、数多くの男の欲望の論理を学んだ。男たちは、理想の女性像を彼女に押し付け、自分たちが求める愛の形を、彼女の存在によって「証明」しようとした。
「お前は、この世で一番清い女だ。俺の愛だけが本物だ」
そう囁く男もいた。しかし、その男が朝になれば、他の客と同じように、金銭という対価を残して去っていくことを、千代は知っていた。彼女にとって、それは、**「愛は、常に裏切りと論理的交換で成り立つ」という、冷たい「知識」**の蓄積でしかなかった。
彼女は、自分を愛そうとする男たちを、あえて突き放すことも、優しく包み込むこともできた。しかし、そのどちらの結末も、常に予測可能で、つまらないものだった。
「あんたらの愛は、予定調和や。どこにも**混沌**がない」




