16話 再会、歪む運命
レオンハルト殿下の手が、私の手をそっと包んだ。その温かさが、私の決意を揺るがす。
「いいえ、違いますわ」
そう否定しようと口を開いた瞬間、殿下の顔が、ふいに歪んだ。
「リリアーナ……どうして、そんなに悲しい顔をしているんだ?」
彼の言葉に、私はハッと息をのんだ。悲しい顔?私はただ、彼に嫌われようと、冷たく振る舞っただけだ。
(どういうこと……?彼は、私の行動を「悲しみ」と捉えたのか?)
混乱する私の目の前で、レオンハルト殿下は、さらに悲しげな表情になった。
「君は……僕が、君を傷つけたと思っているのか?」
「そんな、まさか!」
私は慌てて否定した。前回と同じだ。私の拒絶は、彼の中でまったく違う意味に変換されてしまう。
その時、頭の中に再びあの声が響いた。
「見事です、リリアーナ。あなたの行動は、彼の『愛されたい』という欲求を、さらに強く刺激している」
三柱の「カミ」が、嘲笑う。
「あなたは、彼に嫌われようとしている。しかし、それは、彼にとって『僕に好かれたいから、無理に冷たく振る舞っている』と解釈されているのです。愛されたいあまり、素直になれない健気な令嬢……。素晴らしい設定ではないですか?」
その言葉に、私は怒りで体が震えた。
「くっ……!」
私は、反射的に手を引っ込めた。
「殿下!わたくしは、あなたに誤解されるような行動は一切しておりません!ただ、ごく一般的な婚約者としての距離感を保ちたいだけです!」
私の言葉は、完全に空回りしている。
彼に嫌われるどころか、私の行動は、ますます彼の「愛」を深めているのだ。
(このままじゃ、また同じことの繰り返しだ……!前回よりも、もっとひどいことになる!)
その時、私の視界の隅に、もう一人の人物が映り込んだ。
侍女のエルナだった。彼女は、前回、私の親友となり、そして、私を裏切った。
私の視線に気づいたエルナは、にこやかに微笑み、私に近寄ってきた。
「リリアーナ様、殿下とご一緒にお食事ですか?うふふ、仲がよろしいのですね」
エルナの言葉は、まるで前回と同じ。その無邪気な笑顔が、私には悪魔の嘲笑に見えた。
(エルナ……お前も、あの「カミ」に操られているのか?いや、お前は、もともとそういう人間だった……)
私は、エルナの言葉を遮り、冷たい声で言った。
「エルナ、勝手なことを言わないで。それに、あなたは、殿下がいらっしゃる場所に、軽々しく立ち入ってはいけません」
エルナの笑顔が、一瞬で凍り付いた。
「リリアーナ様……?」
「あなたとは、今日から、もう友人ではない。わたくしに、必要以上に近づかないで」
前回とは違う、私の言葉に、エルナは顔を青ざめさせ、その場に立ち尽くした。
「リリアーナ、どうしてそんなことを言うんだ?」
レオンハルト殿下が、驚いた顔で私を見た。
私は、彼に嫌われるため、あえてエルナを突き放した。
(これでいい。私に味方など、誰もいらない。もう誰にも、私を裏切らせない……!)
私は、孤独になることで、この運命の輪から抜け出せるのではないかと考えた。
しかし、私の心臓は、激しく痛んだ。
(違う。これは、私が望んだことじゃない……。私は、エルナを、大切に思っていたのに……)
その時、頭の中に、再びあの声が響いた。
「素晴らしい、リリアーナ。あなたは、愛を拒絶することで、より深く、愛される運命に囚われている。さあ、どうしますか?あなたに、この運命から抜け出す方法は、本当にあるのでしょうか?」
三柱の「カミ」の声が、私の耳元で囁く。
私は、ただ、この運命の糸から、解放されたいだけなのに。
私の心は、深く、暗い絶望に沈んでいった。




