142話 運命の逆転と最後の悪意
光の奔流が収束し、運命の壁が完成した瞬間。
クロード王子が私への個人的な愛の力で世界を救い、その代償として胸を貫かれた、その直後のことだった。
「リリアーナ…俺は…愛を…信じる運命を…選んだ…」
彼の声が途切れ、その命が尽きようとしていた瞬間――
背後から、冷たい刃が、私の胴体を貫いた。
「っ…あ…!」
私の視界が、一瞬、白く染まった。私が倒れ込むと、その背後には、知神アザトースが立っていた。彼は、運命の壁が完成する、その一瞬の隙を突き、この世界へと干渉していたのだ。
「リリアーナ!」クロード王子が、最後の力を振り絞って叫んだ。
アザトースの瞳は、論理的な怒りに満ちていた。
「愚かだ、クロード。君の命を奪うことは、非合理的だ。しかし、君の『愛の運命』の根源であるこの女を消去することこそが、私の最終的な目的だ」
アザトースの刃は、私の心臓をわずかに逸れていた。千鶴の杖の破片が、私の服の中に偶然残っていたのか、あるいは運命の最後の抵抗か、致命傷だけは避けられた。
敗北の絶望と最終的な奪取
しかし、この事態は、瀕死のクロード王子に、最大の絶望を突きつけた。
「アザトース…!お前は…!俺のしたことは、全て…!」
クロード王子は、血を吐きながら、呻いた。
彼は、愛と憎しみを乗り越え、自己の命と引き換えに運命の壁を完成させた。しかし、その行為は、アザトースが『最終手段』を発動するための最適な舞台を整えてしまったのだ。
アザトースは、私が倒れるのを見下ろし、冷徹な勝利を宣言した。
「クロード。君の勝利は、私にとっての『最悪な論理』だった。故に、私は、君の『最も大切にした運命』を、君の目の前で破壊する。それが、秩序の回復における、最も効率的なカタルシスだ」
その言葉と共に、空間の境界が、再び激しく揺らぎ始めた。この揺らぎは、カミの領域から鶴神千鶴が、最後の混沌を仕掛けるために、この世界に**「最終手段」**を送り込み始めた証拠だ。
知識の逃走
アザトースは、私を貫いた刃を引き抜き、床に倒れていた**『論理の剣』ライオネル殿下と『不滅の盾』レオンハルト殿下**を見下ろした。彼らは、アザトースの支配から解放されたが、意識を失っている。
「君たちの命は、私の秩序の回復に必要だ。特に、武神の血と愛の献身という二つの強力な運命の要素は、新たな秩序の礎となる」
アザトースは、倒れているライオネル殿下とレオンハルト殿下の体を、その論理の力で、静かに持ち上げ始めた。
クロード王子は、その光景を見て、最後の力を振り絞って叫んだ。
「やめろ…!ライオネル!レオンハルト…!」
しかし、彼の叫びは、届かなかった。アザトースは、二人の体を確保すると、空間の論理を操作し、大皇国が秘匿する、カミの干渉のための最深の施設へと、姿を消した。
クロード王子は、自らの命と引き換えに築いた運命の壁が、カミの最終手段によって裏をかかれ、全てが無駄だったという絶望に、打ちひしがれた。彼は、自らの愛が、カミに利用される最大の鍵となってしまったことを悟った。




