137話　感情のノイズと知識の起動

地下の中央実験室は、ノエマが構築した障害物と、絶え間なく響く上階からの扉を破る音（ライオネル殿下とレオンハルト殿下の追撃）によって、極限の緊張に包まれていた。

「ノエマ。お前が憎しみを抱くべき相手は、カミの道具となった俺ではなく、お前を生み出し、運命を弄んだカミそのものだ！」

クロード王子は、ノエマの論理を感情で揺さぶるため、剣を構えながらも、静かな問いかけを続けた。

「私の使命は、非効率なバグを排除し、秩序を維持すること」ノエマは、感情の起伏を見せず、ただ冷徹に答えた。「憎しみは、そのための燃料に過ぎない。そして、あなた方の愛も、その究極のバグだ」

ノエマは、セバスチャンとの戦闘データに基づき、クロード王子の剣の軌道、私の魔力の発動タイミング、そして次の隠れ場所を完璧に予測し、行動を開始した。彼女の動作は、以前のセバスチャンとの戦いよりも、さらに洗練され、無駄がなかった。

ノエマの論理とクロードの賭け

「リリアーナ！起動を急げ！ノエマの予測速度が上がっている！」

クロード王子は、ノエマの予測の最も外側にある行動を強いられた。彼は、剣で戦うことをやめ、瓦礫を蹴り上げ、ノエマの視界と論理的な判断を遮るという、原始的な手段に出た。

「この行動は、ノエマの知識にはない！彼女の論理は、人間の原始的なパニックに対応できない！」セバスチャンから得た知識が、クロード王子にそう指示していた。

ノエマは、舞い上がる塵と瓦礫の予測不能な飛散に、一瞬だけ動きを止めた。彼女の瞳は、目の前の状況を**「解析不能」**なものとして処理しようとし、論理回路に僅かな遅延が生じた。

その一瞬の隙に、私は演算ユニットに近づいた。

「ノエマの注意が逸れた今がチャンスよ！」

知識プロトタイプの起動

私は、アザトースの論理とは相容れない**混沌の力（千鶴の杖の破片）**を、演算ユニットの古い入力パネルに押し当てた。

「アザトースの失敗の記録よ、起動せよ！」

私の運命の意志が、千鶴の混沌の力を媒介に、アザトースの初期の知識へと流れ込む。演算ユニットは、青と黒の光を発し、激しいノイズを上げた。

そのノイズは、新たな追撃者を招き寄せた。天井が軋み、大きな破壊音と共に、『論理の剣』ライオネル殿下と**『不滅の盾』レオンハルト殿下**が、地下施設へと降りてきた。彼らの強大な力は、上階の防御を簡単に突破したのだ。

「リリアーナ様！儀式を中止しろ！その知識は、秩序を崩壊させる！」

ライオネル殿下は、剣を構え、私めがけて突進した。彼の論理は、儀式の阻止を最優先事項としていた。

私は、ノエマと、ライオネル殿下という二重の致命的な攻撃に晒されることになった。