129話 運命の原点への帰還
フレイア王国の応接室。クロード王子は、アザトースが狙う「運命の原点」へと転移するため、千鶴の杖に全意識を集中させていた。
「アザトースの論理が、この世界の歴史の最も脆弱な点、すなわち**『憎しみが愛に変わる直前の過去』**を標的にしている。そこが、我々にとっても、最後の戦場となる」
クロード王子は、私を抱き寄せ、千鶴の杖の混沌の力と、武神の血の残滓を融合させた。その光は、セバスチャンが乗り越えた憎しみと、レオンハルトの愛の犠牲、そして私たち二人の決意が混ざり合った、複雑な輝きを放っていた。
「リリアーナ。行くぞ。これは、俺たちの家族と友、そして、この世界で生きた全ての人間の運命をかけた、最後の旅だ」
「ええ、クロード王子。私たちの運命は、もうカミのものではない」
光の渦が私たちを包み込み、私たちは再び、時の流れの奔流へと飛び込んだ。
過去への扉
光が収束したとき、私たちは、幼いクロード王子が家族と幸せに暮らしていた、過去のフレイア王城の庭園に立っていた。
空気は、優しく、平和な昼下がりの静寂に包まれている。時間軸は、私が過去に干渉した時と同じ、武神の介入直前の、幸福な瞬間だ。
練兵場からは、楽しそうな父王と幼いクロード王子の声が聞こえてくる。この平和な光景こそが、クロード王子が憎しみを捨て、愛を選び直した運命の礎だ。
その時、空が、あの時と同じように、不自然な青い光を帯び始めた。
「間に合った!」クロード王子が言った。
「アザトースが、論理的な修正のために、この時間軸に到達しようとしている!」
青い光は、知神アザトースの力が、時の境界の抜け穴を通り、この過去の瞬間に干渉しようとしている証拠だ。アザトースは、この過去の幸福を消去することで、クロード王子を憎しみに満ちた予測可能な王に戻し、世界の秩序を最も効率的に回復させようとしていた。
クロード王子は、迷わず、この過去の庭園の中心、かつて私が武神のエネルギーを防いだ場所へと剣を突き立てた。
「リリアーナ。最後の儀式を行う。俺の武神の力と、お前の混沌の力で、この**『幸福な過去』を、『揺るぎない歴史』**として固定する!」
人間の証明
クロード王子が剣を媒介に力を解放すると、彼の体から憎しみを克服した愛のエネルギーが溢れ出し、庭園全体を包み込んだ。
「アザトース!お前の論理は、愛という最も非合理な要素を計算できなかった!」
私は、千鶴の杖を使い、クロード王子のエネルギーの周囲に、予測不能な混沌の渦を創り出した。この混沌は、アザトースの論理的な干渉を、完全に遮断するノイズとなる。
そして、私たちは、互いの手を重ねた。
「俺たちの運命を刻むぞ、リリアーナ!」
『憎しみの克服』 『レオンハルトの愛』 『セバスチャンの贖罪』
これまでの全ての犠牲と愛が、揺るぎない歴史として、過去のこの瞬間に永遠に固定されていく。
空の青い光は、私たちの強大な意志の前に、激しくノイズを上げ始めた。
「な…に…!これ以上の干渉は…自己の論理の崩壊を招く…!」




