126話 継承された痛みと残された悪意
クロード王子と私は、セバスチャンの亡骸を抱え、崩壊した中央演算室の床を見つめていた。レオンハルト殿下とミサキ(本物のリリアーナの肉体)が自爆したはずの場所には、肉体はおろか、血痕すら残っていなかった。
「レオンハルトと…ミサキの遺体が消えている」クロード王子は、驚きと困惑を隠せない。
「自爆エネルギーによって蒸発したわけではなさそうです。これほどのエネルギーであれば、痕跡が残るはず…」私は、その不可解な状況に、カミの最後の干渉があったと思った。
しかし、今はその謎を追う余裕はない。アザトースの論理の修復と、千鶴の次の行動が迫っている。私たちは、セバスチャンの亡骸を抱きかかえ、旧研究所から脱出した。
継承された痛み
場所は変わり、氷結山脈の奥深くにある、古代の祭壇跡。
凍てついた岩陰で、レオンハルト殿下が、苦痛に顔を歪ませながら、**本物のリリアーナの肉体**を抱えて横たわっていた。彼の体には、自爆の炎による激しい火傷の痕と、致命的な内傷が残っている。
その傍らで、ミサキは、自らの魂が憑依した肉体の異変に気づき、動揺していた。彼女の体は、レオンハルト殿下の激痛を、まるで自身の痛みのように感じていた。
「くっ…何なのよ、この痛み…!体が熱くて、骨が砕けるような…」
ミサキは、混乱しながら、レオンハルト殿下の傷口に触れた。
「これは…私が自爆したはずなのに…。どうして、あなたが…」
その時、レオンハルト殿下は、かろうじて意識を保ちながら、微かな声で答えた。
「これは…僕が…受け取った痛みだ…」
レオンハルト殿下は、かつて友ライオネルを戦場で守れなかった後悔から、他人の痛みを引き受け、その痛みを自らの治癒力で乗り越えるという、究極の非合理な魔法を独自に開発していた。彼は、ミサキの肉体と、それに宿る魂を、自らの痛みと生命力をもって、爆発の直撃から守り抜いたのだ。
「そんな…私の…私のせいで…」ミサキは、初めて自己の行動の凄惨な結果に直面し、激しく後悔した。
しかし、レオンハルト殿下の容体は悪化の一途を辿っている。彼の生命力は、自爆のエネルギーを引き受けたことで、限界に達していた。
「このままじゃ、この人が死んじゃう…!どうすればいいの…!?」
ミサキの心に、ユナへの嫉妬ではなく、レオンハルト殿下を救いたいという強い衝動が湧き上がった。彼女は、この肉体の持つ時の力を使って、彼を元に戻す方法を必死に探り始めた。
カミの対立
カミの領域(時の境界)では、運命の壁の抜け穴を巡り、知神アザトースと鶴神千鶴が対峙していた。
「千鶴!君の混沌のせいで、あの壁には不確定な浸透性が残った!その最終手段(抜け穴)の利用権は、世界の秩序を修復する私にある!」
アザトースは、冷徹な論理で千鶴を威圧する。
「黙れ、知神!あんたの秩序は、もうノイズや!あの抜け穴は、わての混沌の産物!わてが、あの世界に究極の不確定な要素を、もう一つ仕掛けてやる!」
千鶴は、新たな混沌の具現化を企んでいた。
「私を煩わせるな。私は、クロードの最終的な論理構造を解析し、彼らが最も大切にする『人間の感情』を攻撃する。それが、秩序回復の最速解だ」
二柱のカミは、運命の壁という新たな障壁を前に、互いの目的達成のため、最終手段をめぐる激しい主導権争いを開始した。




