117話 過去の監獄と、零号の記憶
旧陸軍中央研究所の地下深く。クロード王子、リリアーナ、セバスチャンの三人は、複雑な配管と、埃を被った巨大な実験装置が並ぶ、広大な中央実験室に到達した。ここは、かつてセバスチャン(零号)をはじめとする人体強化兵士が、知神アザトースの論理と大皇国の非道によって生み出された場所だ。
「ここが…」
リリアーナは、息を呑んだ。空気は重く冷たく、人間の尊厳が完全に無視された、知識の監獄の匂いがした。
セバスチャンの顔は、感情を排したままだが、その歩みは重かった。彼は、自身の生い立ちの場所で、運命の壁を完成させるという、究極の贖罪に挑もうとしていた。
「クロード王子。封印の儀式を行うには、この部屋の最奥にある、**『知識のプロトタイプ(東條の演算ユニット)』**が必要です。それは、アザトースの論理が完成する前の、非合理的な知識の残滓が残されています」
過去の記録と悲劇
セバスチャンが、中央のメインコンソールに手をかざすと、部屋の照明が薄暗く点灯した。壁一面に、セバスチャンと同一の黒い血管の痕を持つ零号たちの記録映像が映し出された。
それは、極度の苦痛に耐えながら、感情を剥奪され、ただ**「道具」**として訓練される、彼の仲間たちの姿だった。そして、彼の肉体を生み出した張本人、東條の冷徹な声が響き渡る。
「失敗作の零号どもめ。お前たちの感情は、論理を乱すバグに過ぎない。人間性など、この世界には不要だ」
リリアーナは、セバスチャンの悲劇的な過去に、胸が締め付けられる思いだった。
「セバスチャン…」
セバスチャンは、過去の映像から目を逸らさず、静かに言った。
「ノエマも、この部屋で生み出されました。あの肉体には、この絶望と憎悪の記録が、私以上に深く刻み込まれています。彼女の持つ世界への憎しみは、この場所の非人道的な知識によって生まれたものです」
運命の壁の準備
クロード王子は、感情的な過去の記録に惑わされることなく、冷静に儀式の準備を進めた。
「セバスチャン。ノエマの憎しみを理解する必要はない。必要なのは、この場所の**『知識のプロトタイプ』と、君の『論理を超えた意志』**だ」
クロード王子は、メインコンソールに千鶴の杖を突き刺した。杖から、カミの混沌の力が、研究所の古いシステム全体に流れ込む。
「リリアーナ。儀式は、ここで行う。この場所は、アザトースの秩序と、千鶴の混沌、そしてセバスチャンの**愛の否定**が生まれた場所だ。ここで、人類の非合理な愛と意志を、運命の壁として構築する」
彼は、私に目を向け、決意を込めて言った。
「ノエマとミサキは、必ずここに来る。アザトースの軍も、時間の問題だ。私たちは、彼らが来る前に、全てを終わらせる」
儀式の準備が整ったその時、地下の輸送口から、激しい銃声と金属の軋む音が響き渡った。
「来たか」




