114話 逃亡の果て、零号の決意
私たちは、ミサキの生み出した時空の歪みを利用し、氷結山脈の別の地点へと転移した。周囲は、猛吹雪が吹き荒れる、視界の悪い場所だった。
「クソッ!ミサキめ、あの肉体の力を、嫉妬でここまで使いこなすとは!」
クロード王子は、悔しそうに雪を蹴った。彼にとって、愛を信じようとした証人の姿をしたミサキの存在は、精神的な動揺を引き起こす最大の要因だった。
「クロード王子。彼女の力は、時の導き手の肉体が持つ運命への執着と、ミサキの強い劣等感が結合したものです。彼女は、あなたたちの運命の壁の構築を阻止し、ユナ(リリアーナ)に優位に立つことを目的としています」
セバスチャンは、ノエマとの戦闘で負った傷を抑えながら、冷静に分析した。彼の顔には、憎むべき己の予備肉体と戦った疲労が色濃く残っている。
「ノエマはどうだ?」私が尋ねた。
「ノエマは、私の戦闘データを完全にトレースしています。彼女を打ち破るには、私の過去の知識、すなわち、**ノエマ自身が持つべきではなかった『不確定な弱点』**を突き止める必要があります」
最終計画の再構築
私たちは、一時的な安全を確保するため、雪穴を掘って身を隠した。クロード王子は、千鶴の杖を雪の上に広げ、計画を再構築し始めた。
「予定していた古代の祭壇は、既にミサキとノエマに察知された。そして、ミサキは時の力を持つ。アザトースの論理が修復される前に、運命の壁を完成させなければ、勝ち目はない」
「では、どこで封印を…」レオンハルト殿下と本物のリリアーナの安否が不明な今、私たちは頼るべき情報を持っていなかった。
その時、セバスチャンが静かに口を開いた。
「クロード王子。封印の最適な場所は、私が知っています」
クロード王子は、驚きをもってセバスチャンを見た。
「場所は、大皇国の帝都・暁、旧陸軍中央研究所の地下です。そこは、アザトースの論理が完成する前の『失敗の記録』が残された場所であり、私の誕生の地です」
セバスチャンの提案は、極めて危険だった。敵の心臓部に戻ることを意味する。
「その場所は、アザトースの最も古い知識が眠る。そして、私とノエマの肉体の設計図が存在します。その知識と、千鶴の混沌、そして私たちの運命の意志を融合させることで、カミの支配を完全に否定する運命の壁が構築できます」
クロード王子の顔に、決意の光が戻った。
「カミの支配の始まりの場所を、終焉の場所とするか。それは、千鶴が最も喜ぶ究極の皮肉であり、アザトースの論理が最も予測できない非合理な選択だ」
「セバスチャン。その計画を採用する。お前の過去と、俺たちの未来を、そこで一つにする」
執事の贖罪
セバスチャンは、深く一礼した。
「ありがとうございます、クロード王子。この戦いは、私の過去の罪を清算し、人間として生きるための、最後の贖罪となります」
彼の瞳に、かつての同期たちの幻影が浮かんだ。彼の零号としての過去は、もはや枷ではない。それは、世界を救うための、最も強力な武器となったのだ。
私たちは、雪穴から這い出し、凍てつく山脈を後にし、再び大皇国の帝都を目指す、危険な帰路についた。




