113話 偽りの優位と親友の違和感
ノエマによる虐殺の痕跡を後にし、私たちは氷結山脈の奥深くで、待ち伏せていた二重の脅威と遭遇した。ミサキ(本物のリリアーナの肉体)と、ノエマ(セバスチャンの予備肉体)だ。
「遅いですよ、ユナ」
その声を聞いた瞬間、私の全身が総毛立った。声のトーン、響きは、私が成り代わっていた本物のリリアーナのものだった。しかし、その声が放つ抑揚と、私を呼んだ**「ユナ」という呼び方**が、決定的な違和感を生んだ。
「ミサキ!どうしてこんなことを!」
私が親友の名を叫ぶと、ミサキは嗤った。
「フフフ…私は、あなたの最愛の人と同じ顔を持つ、新しい主役よ、クロード」
決定的な違和感
クロード王子が戦闘態勢に入る中、私の視線はミサキの顔に釘付けになった。
まず、瞳の動きだ。本物のリリアーナは、時の導き手として、常にどこか遠い過去や未来を見通すような、静謐で深みのある瞳をしていた。しかし、目の前の彼女の瞳は、私を見る時だけ、感情的な焦燥と、優越感に満ちた、浅い輝きを放っている。それは、まさに、元の世界で私が少しでも成功すると、ミサキが見せた、あの嫉妬の目そのものだった。
そして、彼女の話し方。
「駒?フフフ…私は、あなたの最愛の人と同じ顔を持つ、新しい主役よ、クロード」
「主役」という単語。それは、元の世界でミサキが常に口にしていた、自分の人生に対するコンプレックスの象徴だった。本物のリリアーナが、自らを「主役」と呼ぶことは絶対にありえない。彼女は、自らを「導き手」や「番人」と呼んでいたからだ。
さらに、彼女が私を「ユナ」と呼んだこと。この異世界で、私の元の名前を知っているのは、私自身、そして私を転生させたカミ、そして…私の親友だけだ。
「クロード王子…彼女は、本物のリリアーナの魂ではないわ。この肉体に入っているのは、私の元の世界での友人…ミサキよ」
私は、その恐ろしい真実を、クロード王子に告げた。ノエマの襲撃という物理的な脅威に加え、私自身の過去の人間関係が、この最終決戦の場に持ち込まれたのだ。
二重の脅威と運命の逃走
「セバスチャン!ノエマの排除が最優先です。ミサキの肉体に宿る**魂の記録(本物のリリアーナの痕跡)**は、極力傷つけるな!」
クロード王子の指示が飛ぶと同時に、戦闘が始まった。ノエマは、セバスチャンの過去を突きつけるように完璧な殺意の奔流を放ち、二人の零号が激突する。
その間、ミサキは私の告発によって感情を大きく乱した。
「うるさい!私をミサキと呼ぶな!私は、この肉体のリリアーナよ!」
ミサキの放つ時の力が暴走し、周囲の空間が不規則に歪み始めた。嫉妬と混乱が、彼女の力にとって最大の不確定要素となったのだ。
クロード王子は、ミサキのその不安定さに勝機を見出した。
「セバスチャン!ノエマの右側面、0.5秒の隙を突け!リリアーナ、その隙に、時空の歪みを最大化するんだ!」
セバスチャンは、自身の肉体の限界を超えた動きでノエマを牽制し、その一瞬の隙に、私は千鶴の杖の混沌の力を、ミサキが作り出した時の歪みへと最大まで注ぎ込んだ。
空間は、私たちを拒絶するように激しくねじ曲がった。
「逃げるぞ!」
クロード王子は、私とセバスチャンを抱え、その時空の歪みの中へ飛び込んだ。
「待ちなさい、ユナ!この勝負は、まだ終わってないわ!」
ミサキの憎しみに満ちた叫びが、背後で響き渡った。




