111話 零号の悲鳴と混沌の名
絶叫と肉塊の宴
クロード王子一行が目指す氷結山脈の麓に広がる集落は、既に血の海と化していた。
千鶴が創造した新たな零号は、その肉体に宿る純粋な世界への憎悪を、容赦なく集落の住民たちに叩きつけていた。人造肉体の異常な速度と怪力は、抵抗する間も与えない。
「やめ…やめてくれぇ!神様!」
「助けて!私の子どもを…!」
住民たちの悲鳴は、零号の冷たい攻撃の前では、無意味なノイズでしかなかった。家屋は一撃で砕け散り、崩れた木材の下から、ぐしゃりという嫌な音と共に、肉塊となった住民の体が引きずり出される。
零号は、逃げ惑う女性の背骨を掴むと、折れた枝のように捻り上げ、その悲鳴が頂点に達した瞬間に、冷たい地面に叩きつけた。彼女の瞳には、殺戮の快楽ではなく、「この世界が存在することへの、絶対的な否定」という感情だけが宿っていた。その動作は、セバスチャンと同じく合理的だったが、目的は破壊の最大化だった。
千鶴の命名と悪意の増幅
カミの領域では、鶴神千鶴が、この血塗られた虐殺の光景を鏡面で観察し、歓喜していた。
「フフフ…見てみい、知神。この純粋な悪意。クロードの憎しみなど、ぬるい感情やったわ。この絶望こそ、究極の物語の始まりや」
千鶴は、満足そうに扇子を叩いた。彼女の隣にいる知神アザトースは、その論理の修復中であるため、ただ青い光を放つ沈黙の像となっていた。
「あの零号の肉体に、元の世界の絶望を混ぜた。その結果がこれや。クロードの愛とレオンハルトの恋慕に対抗するには、絶対的な悪意が必要や」
千鶴は、虐殺を続ける新たな零号の姿を見つめ、静かに名前を授けることに決めた。
「ええわ。お前は、愛という最も非合理な感情を、否定するために生まれてきた」
千鶴は、その憎悪に満ちた肉体めがけて、漆黒の魔力を送った。その力は、肉体の持つ破壊衝動と共鳴した。
「お前の名は、愛の否定者。今日から、ノエマと名乗るんや」
ノエマ(新たな零号)は、千鶴の魔力エネルギーを受け、その動きをさらに加速させた。彼女は、集落に残された、息絶え絶えの最後の生存者の頭を踏み潰した。肉と骨が潰れる音が、静寂を取り戻し始めた集落に、乾いた響きとなって残った。
クロード王子たちが目指す古代の祭壇への道は、既にノエマが撒き散らした絶望と死によって、血塗られた戦場へと変わっていた。ノエマの存在は、クロード王子たちの最終計画にとって、最大の、そして最も悪意に満ちた障害となったのだ。




