104話 混沌の器:零号の悲劇の再来
時の特異点での封印が不完全に終わり、鶴神千鶴は、その事実を、自らの領域で歓喜と共に受け止めていた。彼女は、クロード王子たちの「運命の壁の完成」という終焉を阻止するため、最も強力な負のエネルギーが必要だと判断した。
千鶴は、自らの力を集中させ、時の境界を潜り抜け、元の世界へと意識を飛ばした。彼女は、現代社会の閉塞感の中で深い絶望と破壊的な憎悪を極限まで溜め込んだ一人の人物の魂を、強引に引き剥がした。
「あんたのその純粋な絶望は、最高の触媒になるで」
魂のない器の調達
千鶴は、元の世界から戻ると、人間が人間を道具にした、最も非人道的な場所へと向かった。
場所は、セバスチャン(零号)が脱出した後の、帝都・暁の旧陸軍中央研究所の極秘地下施設。そこには、セバスチャンが発見した「予備の肉体」、すなわち零号の失敗の記録が残されたポッドがあった。
「フフフ…これや、これ。究極の秩序の名の下に、人間性が完全に排除された肉体や」
千鶴は、黒い液体に満たされたポッドの中の、魂のない人間の器を見つめた。それは、セバスチャンと同じく黒い血管の痕が走る、人造の肉体。この肉体に世界を憎む魂を憑依させる。それは、セバスチャンの過去の悲劇をなぞりつつ、クロード王子の計画を揺さぶる、究極の皮肉だ。
千鶴が元の世界から引き剥がした、負の感情に満ちた魂は、迷うことなく、ポッド内の魂のない零号の予備肉体へと流れ込んだ。
「フフフ…これで、わての物語は、究極の混沌を迎えるで。知神の秩序の残滓と、現代の純粋な絶望の融合や」
千鶴は、満足そうに笑った。
憑依された肉体は、ポッドの液体の中で、ゆっくりと目を開けた。その瞳は、以前の穏やかな光ではなく、深い闇と、世界への憎悪に満ちていた。
肉体は、まるでセバスチャンを模したかのように、無駄のない動きでポッドから這い出した。
「この世界を…この憎しみを…破壊してやる…」
憑依された肉体から発せられた言葉は、究極の悪意を帯びていた。この新たな「零号」は、クロード王子たちが向かう氷結山脈へと、千鶴の混沌の触媒として送り出された。




