98話 零号の覚醒と情報の獲得
中央演算室の冷たい床に崩れ落ちたセバスチャン(零号)は、自身が虚偽の記憶を埋め込まれた人造人間であったという、決定的な真実を突きつけられた。しかし、その絶望は、彼を再び冷徹な道具に戻すことはなかった。むしろ、奪われた人間性、そして友との絆の記憶が、彼の復讐心を、仲間を救う使命へと昇華させた。
「愛は…友情は…全て、犠牲ではない。俺が人間として生きていた、証だ」
セバスチャンは、全身に走る激痛に耐えながら立ち上がった。彼の瞳には、もはや過去への憎しみだけではなく、クロード王子たちの運命を完遂させるという、執事としての最後の忠誠が宿っていた。
彼は、東條の指示に従い、巨大な演算装置の中央にあるアザトースの記憶装置に、自身の手をかざした。
「東條。この知識を、俺の体に流し込め。俺は、この失敗の知識を、アザトースの究極の秩序を打ち破るための、鍵とする」
東條は、セバスチャンの覚醒した姿に、畏怖の念を抱きながらも、すぐに贖罪の行動に移った。
「わ、わかりました、零号。この知識は、アザトース様が完成させる前の、不確定性に満ちたものです…!それを扱えるのは、あなたしかいない…!」
東條が制御盤を操作すると、アザトースの記憶装置から、青い光の奔流がセバスチャンへと流れ込んだ。その知識は、彼が既に持つアザトースの知識と衝突し、彼の脳内で激しい論理の戦いを引き起こした。
知識の融合と新たな論理
セバスチャンは、新たな知識の奔流に耐えながら、瀕死のレオンハルト殿下と本物のリリアーナを救うための論理的解法を求めた。
彼が探していたのは、アザトースの論理が否定した**「非効率な救命」**の可能性だった。
「見つけた…!」
知識の海から、セバスチャンは、アザトースが『ノイズ』として排除した、人体強化の初期段階における『生命エネルギーの再統合』という、極めて不安定な技術を見つけ出した。
「東條。この技術で、二人を救う。レオンハルト殿下の砕けた骨と、本物のリリアーナ様の生命力を、一時的に、この知識の力で再構築する」
「しかし、零号!それは、失敗すれば二人の命を完全に消滅させる、非合理的な賭けです!」東條は悲鳴を上げた。
「賭けではない。これは、この状況における最も確率の高い解だ」
セバスチャンは、自身が持つ人造の身体能力と、東條の研究室の装置を使い、レオンハルト殿下と本物のリリアーナへの救命措置を開始した。彼の指先は、生命維持装置を精密に操作し、光の奔流を二人の傷口へと流し込む。
最終決戦への準備
数時間後、セバスチャンの手により、二人の容態は奇跡的に安定した。
レオンハルト殿下は意識を取り戻し、体の激痛に耐えながら、セバスチャンに問うた。
「セバスチャン…君は…一体…」
「レオンハルト殿下。私の話は、帰還後に詳しくお話しします。今は、主の運命を完遂させることが最優先です」
セバスチャンは、瀕死の二人を救うという、最も非効率で人間的な行動を成し遂げた。そして、彼は、クロード王子がカミを封じるために必要としていた最後の鍵も手に入れた。
「東條。クロード王子の最終計画に必要な『アザトースの論理の致命的な盲点』を、俺の記憶に転送しろ」
「わ、わかりました…」
東條は、悔恨の念を込めて、最後の情報――知神アザトースの論理を一時的に停止させる、究極の非合理的な情報を、セバスチャンの頭脳へと転送した。
セバスチャンは、自らの出生の地で、過去を清算し、クロード王子たちの最終決戦への準備を整えた。彼は、愛と友情の犠牲の上に生まれた究極の道具として、主の運命を導くため、帝都の闇から再び立ち上がる。




