第28話 ヤマネコと猫耳
「ムゥゥ……ムニャ~! ムゥゥゥゥゥゥン~」
ブランケットの中に潜り込んで寝ていたムニャーが目を覚まし、うーんと伸びをする。
伸びをした時にギュッと目をつぶってるのがかわいい!
……それはそうと、オデコさんを温泉に誘わなければ!
「うわぁぁぁぁぁぁ!! かわいくってでっかいネコちゃんだ~!」
オデコさんがムニャーに食いついた……!
本人がネコ系の獣人の血を引いているだけあって、ネコのことがとっても好きなんだ!
「この子はムニャーといいます。経緯は不明ですが、人攫いたちにとっても酷い環境で飼われていたんです。それでも人間そのものは恨まず、子どもたちを助けるために戦っていた、とっても立派な子なんですよ!」
「まぁ~! すごいねぇ、偉いねぇ~! 馬鹿な人間が悪いことしてごめんねぇ……! 全身傷だらけで痛いよね……。お姉さんがすぐに楽にしてあげるからねっ!」
オデコさんはそう言って、腰に下げた愛剣を抜く。
レイピアの一種で、針のように細い刺突のための剣……龍髭剣だ!
「オ、オデコさん!? 何をするつもりですか!?」
反射的にムニャーとオデコさんの間に割って入る!
当のオデコさんは「え?」と言って、きょとんとした顔をしている……。
「何をするって、ムニャーたんの傷を治すのよ? 私が新たに習得した回復魔剣術でね!」
「回復……魔剣術?」
今までに聞いたことがない言葉だ……。
「オデットよ、お前は他者への回復魔法を苦手としていただろう! ムニャーはすでに命に危険がある状態を乗り越えている。無理に回復させなくてもよいぞ!」
ガルーもオデコさんの意図が読めずに焦っている。
私たちの不信感は本人にも伝わったのか、オデコさんはジトーっと半眼になってほっぺたを膨らませた。
「何よ、何よ~。まさか私がムニャーたんを貫き殺すと思ってるわけ? そんなわけないでしょ? 私はね、1年前の私とは違うんだってば! 苦手だった回復魔法と得意の刺突剣術、そして鍼灸の知恵を合わせることで、自分以外も回復させることが出来るようになったんだよ」
「冒険者として働きながら、新しい技術の習得までやっていた……ということか。相変わらずお前は自分を顧みずに動きすぎだぞ。日頃から無茶をしていては、いつか手痛い反動が……」
「まあまあまあ、その話は後にして……まずは一度技をご覧あれ!」
ガルーの言葉をさえぎって、オデコさんは剣の切っ先をムニャーに向ける。
当然ムニャーは困惑した顔をしている。
「大丈夫、大丈夫! いくら動体視力のいいネコちゃんの目でも、私の刺突を視認することは出来ない。それどころか刺された感覚すらもないからね――」
オデコさんの剣を持った右腕に、一瞬だけぼんやりと残像が発生する。
私の目ではそれを捉えるのが限界だった。
「はい、おしまい! 綺麗に治ってるでしょ?」
「ムニャ……? ムゥゥゥ……ニャアッ!?」
ムニャーは自分の前脚やしっぽを見て、傷が治っていることに気づいた。
でも納得はいってないようで、その後も体をくねくねとくねらせながら体中を確認し、全身の傷が治っていることを理解すると、目を丸くして口をぽかーんと開けた。
その様子はムニャーには申し訳ないけど……すっごくかわいかった!
同時にオデコさんが本当にすっごい力を身につけていることにびっくりさせられる。
「ほら、見た見た!? 他人への回復魔法がてんでダメだった私が、ここまで上手く回復を使えるようになったんだよ! 剣に回復の魔力を乗せて、鍼灸の知識に基づいたツボに刺す! こうすることでよりダイレクトに回復の魔力を届けられるから、その効果は通常の回復魔法より強い!」
「あ、相変わらずすごい人ですね……オデコさんは。でも、こんなすごい技を身につけるのは大変だったんじゃないですか?」
「んー、そうでもないかな? 自分を回復することは前から出来てたから回復魔法の適正自体はあったし、剣で人体の狙った箇所を突くのも元から得意だったしね。凄腕の鍼灸師さんにその技術を全部教えてくれって頼み込むのが一番大変だったかな? ふふっ、なんてねっ!」
オデコさんは冗談めかして笑いながら言う。
こんな感じで昔から自分の弱いところや苦労を見せたがらない人だ。
それはある意味で、兵士の士気を高めるために作られた象徴たる存在『勇者』――その一番弟子を名乗るのにふさわしい性格の持ち主ではある。
そんなオデコさんだからこそ、温泉で「ほへ~!」っと完全に気を抜ける休日を作ってあげたい!
「見た感じムニャーたんみたいに酷い怪我をしてる子はいなさそうね。じゃあ、みんなはもうしばらくここで待機してて! 私以外にも子どもたちを助けに来た冒険者や有志の捜索隊が山に来てるんだよね。これだけたくさんの子どもたちを動かすなら、大人は多い方がいいからさ。ちゃんと山を登れてるか、確認してくるよ!」
そう言ってオデコさんはくるりと背を向け、2本の三つ編みを揺らしながら来た道を戻っていってしまった。
「なんというか、嵐のような人ですね……オデットさん。とてもいい方だとは思うんですけど」
シャロさんが若干引き気味に言う。
「ジッとしていたり、誰かに任せたりするのが苦手な奴なのだ。かつての戦争でも常に先陣を切りたがっていたし、危険な任務にも率先して手を挙げていた。それでも生きて帰ってくるだけの才能と運があるから、今もああして元気に動き回っているわけだが……いつもいつまでもそうだとは限らん。戦うなとは言わんが、もう少し落ち着いてほしいものだ」
ガルーはため息交じりにつぶやく。
みんなオデコさんの身を案じる気持ちは同じみたいだ。
やはり温泉……!
温泉でゆったりとくつろいでもらうべきなんだ!
「ガルー、シャロさん! 私はオデコさんに温泉に入ってもらいたいと思っています!」
「まあ、確かに少し臭うような気もするが……」
「そういう直接的な意味じゃありませんよ、ガルー! オデコさんにもアスパーナに来てもらって、一緒に王国一の温泉でゆっくり体を休めてもらおうってことです!」
「ああ、なるほど……それは名案だな。問題はオデットが仕事より休息を優先するかどうかだが」
「説得して見せます! ……でも、その前に子どもたちを無事に下山させることに集中ですね!」
温泉の話は一度忘れて、オデットさんが大人たちを連れてくるまで気を抜かずに待とう!




