第23話 星空のシチュー
「あ、セフィラ様! 本当にすぐ戻ってきてくれました……!」
鍋をかき混ぜているシャロさんが、こちらを向いてパーッと笑顔を見せる。
「私たちが離れている間、何か異常はありましたか?」
「いえ、何もございませんでした! あの光の柱が現れた時はビックリしましたけど、あれはセフィラ様たちが作ったものですよね?」
「はい、ここに私たちがいることを示す目印として作りました。夜の闇の中では相当目立ちますし、早ければ明日にでも誰かがここへ来てくれるかもしれません。人手が増えた方が、より子どもたちを安全に下山させられますからね」
「それはその通りなのですが……。あの光の柱は目立ちすぎて、悪い人まで引き寄せてしまわないかちょっと心配です……! アジトの外で活動している人攫いが、異変を感じてここに戻ってくる可能性もないわけじゃないですし……」
「そう心配するでない。悪党ならば何人来ようと我が倒す。この鼻と目で誰かが近づいてくればすぐにわかる。我がいる限り不意を突かれることもない」
そう言ってガルーがシャロさんを安心させる。
シャロさんも子どもたちと同じく誘拐の被害者なんだ。
また同じ目に遭わないか不安なのもわかる。
「わかりました! ガルー様のお言葉とあらば信じます! 今は目の前のシチューを美味しく仕上げて、子どもたちを笑顔にすることに集中しますね!」
シャロさんは浮かんでくる灰汁を丁寧に取り除き、いよいよホワイトシチューをホワイトシチューたらしめる全粉乳を投入する。
フラウ村の小麦をエサに育った牛たちのミルクを粉末状にした物――。
今まさに煮込まれた野菜と鶏肉のスープに溶け、ミルク本来の姿を取り戻していく!
大鍋の中はみるみる柔らかな乳白色に染まった!
「あっ……! 濃厚でまろやかな匂いが、一瞬にして広がってきました!」
フラウ村で飲んだミルクの風味が呼び覚まされ、思わずごくりと唾を飲み込む。
大鍋から漂ってくる匂いには、野菜と鶏肉の旨味も当然混ざり合っている。
油断すると唾があふれて、赤ちゃんみたいに口の周りをべちゃべちゃにしちゃいそうだ……!
実際ガルーの口からは唾があふれ出ちゃっている。
本人はそれに気づいていないようで、さっきシャロさんを安心させるために見せた真剣な表情を維持しているものだから、そのギャップに笑ってしまいそうになる。
「ムニャッ、ムニャッ、ムニャッ」
突然のいい匂いに驚いたムニャーがシャロさんの足元に寄ってくる。
しっぽをピンと立て、鳴き声でリズムを刻んで、とってもご機嫌みたい!
「もう少し待ってくださいね~! 煮込みながら調味料で味を調えていきますから!」
シャロさんが汗をぬぐいながら言う。
熱々のシチューを大きなお玉でかき混ぜ続けるのは、かなりの重労働なんだ……!
「では、今のうちにシチューを入れるお皿を用意しますね!」
子どもたち50人分のお皿……そんなたくさんのお皿がアジトの中にあるのかな?
「ありました!」
探してみればあるもんだ~!
調理場や食堂からいろんな形のお皿をかき集め、汚れているものは使う前に洗っておく。
シチューを早く飲みたい子どもたちも手伝ってくれたから、準備はとんとん拍子で進んだ。
そして――!
「ふぅ……完成ですっ! 名付けて『星空のシチュー』です!」
シャロさんが拳を天に掲げると、子どもたちからワッと歓声が上がった。
乳白色のシチューの中には、星形に切られた野菜が浮かんでいる。
そして夜空には、輝くお星様が普段よりたくさん見える。
きっと私たちが山の高いところにいるからだ。
「星空のシチュー……この以上ない素晴らしいネーミングだと思います!」
「えへへっ、ありがとうございます! さあ、お皿を持ってお鍋の前に並んでください! いっぱいあるから焦らずに待っててね~!」
シャロさんが子どもたちにそう呼びかけた時には、すでに列が形成されていた!
みんな順番を争うことなく、率先して譲り合って待っている。
お腹が空いているだろうに、なんていい子たちなんだろう……!
「私たちは最後にもらいましょうね、ガルー」
「もちろんだ。腹を空かせた子どもを押しのけてまで食べようとはせん」
よだれを垂らしながらそう言い切るガルー。
うずうずしながらもその場に腰を下ろす。
待てが出来る賢い子だ!
「ムニャ~!」
ムニャーもガルーと同じように座り込んだ。
子どもたちを優先してほしいという意思表示と受け取る!
「ムニャーも偉いですね~!」
「ムニャン!」
どこか誇らしげなムニャー。
でも、その視線はジーッと子どもたちの列を追っていて、早く自分の番が来ないかなと気になってしょうがないみたい。
かくいう私もお腹が空いている!
さっきからじっとしてられなくって、軽く踊るように体を揺らしている……!
「早く食べたいなぁ、星空のシチュー!」




