Act XX. とあるメイド狩りの話
メイド狩り!
「ねえ、ちょっと時間良い……かな?」
まだ日も高い内、メイド服を着た少女に声をかけるその“誰か”。
メイドの少女は始めこそびくっ、と身体を強張らせたが、声をかけてきた相手の姿を見てほっと緊張を解いた。
街でも噂になっている件の“メイド狩り”かとも思ったのだが、それが早計だったと判断した為だ。
声をかけてきたのはメイドの少女とと同じほどの年の頃の――少女だった。
彼女の髪と瞳の色を見て、メイドの少女は『おや?』と少しだけ不思議に思ったが、そんな違和感など直ぐに消えて無くなってしまた。
澄んだ青い瞳と糸のように透けて見える青い髪。容姿もスタイルもそこそこに――胸だけは僅かに自分の方が大きいと見てとり、メイドの少女は内心で僅かに『良しッ』と叫んだ。
彼女は同性であるメイドの少女から見ても美しかった。
髪と瞳の綺麗な青もそうだが何より、やや強気そうな真っ直ぐな瞳に薄く彼女の自信を表しているような微かな笑み。その全てがヒトを引きつけるようなある種の魅力を放っているようだった。
髪と瞳の色が同じであるというのは太古に滅んだとされる龍種の最もたる特徴……ヒトは意外とその事実を知らない。
もっとも実はもう一つ例外があり、龍種とは本来“使徒”を模して造られた命である――つまり『“使徒”の髪と瞳は同じ色である』という事は全く知れ渡ってはいない。そもそも神の僕たる“使徒”がヒト型であった事さえ伝えられていないのだから、ある意味当然とも言えるのだが。
「はい、何でしょうか?」
「少しね、貴女に聞きたい事があるのよ」
「私に聞きたい事、ですか?」
「ええ」
「えと……はい、何でしょうか?」
「あのね、――」
ずいっ、と身を寄せてくる彼女にメイドの少女は身を引こうとしたが、直ぐに背中に家の壁が当たってしまった。
直後、まるで逃げるのを遮るようにメイドの少女の顔の真横の壁に、彼女の手が叩き付けられた。
「えっと、あの、ち、近いです……?」
「ええ、そうね。でもごめんね、ちょっとだけ我慢して頂戴?」
「あの、その……はぁ」
「で、ね。聞きたい事っていうのは他ならない――“コレ”なんだけど」
その瞬間、メイドの少女の視界を何かが覆い尽くした。
「あ、あの、近すぎて見えません……」
「……あぁ、ごめんなさい」
何やら興奮冷めぬ様子の彼女の様子に不穏な気配を感じながら――、メイドの少女は自分の視界を覆い尽くしていたモノの正体を知った。
「……手配書?」
あちこち擦り切れた様子のそれは随分と年期を感じさせる、それは一枚の手配書だった。
金貨百枚などというバカげた金額が書かれており、中央には誰か見知らぬ男の似顔絵が描かれていた。
……何故か眺めているだけで吸い込まれていきそうなほど、その似顔絵は異常なほどに上手い、繊細なタッチで描かれているのが実に不思議ではあったが、きっと余程の絵師が描いたのだろうと、何も知らないメイドの少女は自然と納得した。
「まあ、手配書云々は私にとってどうでもいいんだけどね」
「……はぁ」
「それよりもこの男の事、見た事ない?」
「ぃ、いいえ」
「――隠すと為にならないわよ?」
僅かに視線を逸らしたメイドの少女に何かを感じたのか、彼女の視線に剣呑なモノが混じる。
もっとも、メイドの少女は隠し事のあるなしなどではなく、単に彼女の雰囲気に気押されて視線を逸らしてしまっただけだったのだが。
「あのね、私、最近妙な噂を聞いたのよ」
「噂、ですか?」
「ええ、そう。なんでもスフィア王国に新しい女王様がたったって話じゃない?」
「そ、そうですね。その話ならわたしも知ってます。国民の皆様からの人気もある、大変良い女王様だと他国まで知れて――」
「そんな、女王様が云々の話はどうでもいいの。それはね、新しい女王様が良いお方だって事は、とても大切だと思うわ。ええ、大切だわ」
「そ、そうですよね?」
「でもね、それ以上に私としてはこの噂に興味があるのよ」
「ど、どんな噂で……?」
「何でもね、つい最近、大量のメイドの女の子がスフィア王国の王城に現れて、また消えたって話なんだけど……あなた、知ってる?」
「あ、その話は知ってます。私たちのような使用人の間でも有名ですから」
「……そう。で、ね。突拍子もない噂なんだけど、何でもそのメイドの中に――」
「? ――っ!!」
不自然に彼女の言葉が止まったのを不思議に感じて――次の瞬間、メイドの少女は大きく表情を引き攣らせた。
直ぐ真横の壁、彼女が手をつけていた壁が一瞬で音もなく、粉々に砕け散っていた。実際には壁はダイヤモンドダストになって消えていったのだが、メイドの少女にとって未知の恐怖である事に違いはない。
「――っと、ごめんなさい。あまりに不快な事を考えてたから、つい力が入っちゃったわ。怖がらせるつもりはなかったの。本当よ?」
「……」
「……はあ、まあいいわ。それよりも話を戻すけど、その大量のメイドの女の子たち、実はある男が先導してたっていう話を聞いてね、それがどうやらこいつみたいなのよ。あなた、何か知ってる?」
無言のまま、メイドの少女は大きく首を横に振る。
「そう。……――ちなみに隠したりしてると、あなたの為にならないわよ?」
冷やかな空気が頬を撫でていくのを感じて、メイドの少女は更に大きく首を横に振った。それはもう千切れんばかりの勢いで。
「……そう、なの」
俯いた彼女の姿に、メイドの少女が『おや?』と思ったのも一瞬。
「仕事中、時間を取らせて悪かったわ。ありがとね?」
「い、いいえっ、こち、こちらこそっ!!」
最後に、彼女は同性でも見惚れるような柔らかな笑みを浮かべて、颯爽と去っていった。
しばらく……去っていく彼女の姿を目で追いながらメイドの少女ほ思うのだ。
傭兵や賞金稼ぎの様には見えなかったけど、彼女はいったい何者なのだろうか――と。
◆◆◆
街の中を歩きながら、表面上はその表情を冷静に保ちながらも彼女は内心の苛立ちを隠しきれずにいた。
折角、憎き憎き憎き、愛おし――いや今のなし。とにかく、あいつの居場所の手がかりを久しぶりに掴んだのだからこれをただ見逃す手はないのに。
大体、大量のメイドの少女と一緒って、それは一体何なのだ、何なのだっ!!
女の子が周りにいっぱいって、それは一体何の冗談だ、それとも私に対する嫌がらせかっ!?
……いや、別に私はあんな奴の事なんて――……
「あー、もうっ、何なのよっ! 何なのよ一体!!」
街中の視線が集中するが、彼女は気にしない。
こういうときはアレだ、アレに限る。
――と、言う事で、苛立ちを我慢しながら彼女は荷物の中から例のモノ――メイドの少女にも見せた一枚の手配書を広げて、それをじっと見つめた。
「……」
苛立った様子だった彼女は手配書を――手配書に書かれている男の似顔絵を見つめて何を思ったのか、一瞬口元に笑みを浮かべかけて、その直後に顔を真っ赤に染めた。
照れた様子の彼女の事を街中の男たち数人が足を止めて見惚れていたのだが――そこの事について深くは言及しない。どの道そんな男たちなんて彼女にとっては意識の外の存在なのだから。
丁重に、それはもう丁重にその手配書を荷物にしまいなおして、彼女はようやく落ち着きを取り戻したように、ほっと大きく息をついた。
「……もうっ、本当に何処にいるのかしらね、レムの大バカってば」
ほぅ、と。
まるで恋する少女のようにその場に吐息を残して、彼女は再び、更なる獲物を探して街を歩きだした。
ちょっとお休みな今回。そしてメイド狩りの真相?
誰なのかは想像にお任せします。
ちなみに青色の男神クゥワトロビェの“使徒”って言ったら、『冰頂』くらいしか出てきてませんけどねっ!
……べつにだれでもいいのですよぉ。
と、言うことで今回は以上でした。




