Wildfire-16
やーやーやー
「るる!」
赤い少女は“彼女”と一緒に地上へと降りてきた飛竜へと一直線に駆け寄っていく。
不安のいっぱい詰まった眼で飛竜の無事を確かめる赤い少女に、“彼女”は今まで――少なくともステイルサイトが聞いた事もないほどに柔らかな表情を浮かべ、優しい声を掛けていた。
「もう大丈夫ですよ、シャトゥ」
「母様、ルルは……」
「心配いりません。今は意識がないようですが問題はないはずですよ?」
「ほ、ほんとう?」
「ええ。それとも私の言う事が信用できませんか?」
「ううん、信用出来ます。母様の言う事を信じるの」
「良い子です」
「うむ……てへへっ」
“彼女”の手に頭を撫でられて、嬉しそうに顔をほころばせる赤い少女。
「――さて、それではステイルサイト。覚悟は良いですね?」
そして改めてステイルサイトへと視線を向けてくる“彼女”。これまでの絶対とも言える隙の間、ステイルサイトは“彼女”を攻撃できなかった。
“しなかった”ではなく“出来なかった”。初めて見る“彼女”のその表情に見惚れる余りに“この隙を狙って”とか“絶好の機会だ”とかいう些細な考えは思いつきもしなかったと言うのがこの場合は正確で正しい。
“彼女”の強靭な意志が表れたような、感情に溢れた瞳で真っ直ぐに見つめられているこの時の気持ちをどう表現すべきだろうか。
ステイルサイトは今を以て心の奥底から溢れ出してくる気持ちに、笑みを抑えきらずに笑っていた。
「は、ははっ、……覚悟? そんなモノはとっくの昔に出来てるよ」
「それもそうですね。私としても旦那様のお言いつけを“破って”しまったのでもう手加減は一切しませんよ――?」
「……手加減ね。確かに、“燎原”の力で拘束していたはずなのに、こうも簡単に逃げだされるとは。正直立つ瀬がないよ」
「私とて痛みを感じないわけじゃありません。痛かったんですよ?」
「ははっ、“痛かった”、とはね。その無傷の身体で何を言うのだか」
「……それに、まあ、これは言っても意味のない事ですか。では――報いを受けなさい」
「報い? そんなモノを受ける覚えはないね!」
ステイルサイトの周囲を取り巻く“燎原”の赤の世界――紅き焔が拡散し、爆散するように“彼女”へと向かい飛来してくる。
触れれば破壊は免れない、はずの赤の世界を目の前にしても彼女の瞳には一末の揺るぎさえもない。
より正確に言えば“彼女”にとってはこの程度の――“本来の意味で『最強』の使徒【燎原】の力を理解していない”モノなど感情を揺るがす必要さえない。
「――常命の刃よ」
“彼女”の片手から僅かに伸びて、光の帯の様な刀身が形成される。
ぼんやりと光を放つ光の刃、その片腕を“彼女”は迫りくる赤い世界に向けて振り下ろした。それもわざと無造作に。
振った片腕が赤の世界を両断する。
触れただけで万物を破壊できるはずの“燎原”の力を意図も容易く、何事もなかったように斬り裂き、赤い世界を押し潰す。
そしてただの一呼吸、ただの一足、ただの一瞬で“彼女”はステイルサイトの目前でその片腕を振り上げていた。
◆◆◆
“燎原”の力を両断するなど本来ならばあり得るはずのない光景である。だが最早ステイルサイトは驚きを浮かべてはいなかった。
そもそも“彼女”ならば――この“燎原の賢者”が見惚れたほどの存在ならばこの程度の事は出来て然るべき。何より初めから想定内の出来事だったはずなのだから――!
だから、ステイルサイトは――
目前に迫った、あと一瞬後には自分の命を刈るであろう視界を覆い尽くす麗しき死神、何よりも尊く、何よりも美しい“彼女”の姿に目を細めて。
「“蛇の贄”、“禁断の果実”」
――承認、マスターよりの起動を確認……ご命令を
「“彼女”を拘束して?」
――……承認、対象を拘束します
嗤った。
ちょいとヤバなので今日は少し短か……
キスケとコトハの一問一答
「慌てる時こそ急いで回れ」
「……師匠、手に持ってる枕、何ですか?」




