Wildfire-15
シャトゥ、試練の時?
さまー、さまー、さまー……と、エコーが掛かって、空しく消えていく。
突然、空から降ってきた少女が“聖遺物”≪ユグドラシル≫のアギトに呑み干される光景を直視した赤い少女は両膝をついて大いに項垂れた。
「下僕一号様が……我の下僕一号様が…………我の力が及ばぬばかりに食べられちゃったの」
「安心していい。君も直ぐに彼女の元に送ってあげよう」
ステイルサイトがもう一度腕を上げて、“聖遺物”≪ユグドラシル≫を掲げようとしたとき、一匹の飛竜が二人に向けて急降下してきた。
空を見上げてステイルサイトは一つ舌打ちをする。
「ちっ、雑魚がまだいたんだね」
『きゅー!!!』
「る、るる?」
『きゅー、……――きゅ?』
飛竜の落下が止まる。赤の世界に拘束されて、虚空で停止する。
「不相応だよ。――消えて?」
ステイルサイトが呟いた言葉は、何の慈悲もない死刑宣告。
その目に宿るのは冷たい光だけで、それだけでステイルサイトがその飛竜に対して何の価値も抱いていない事が分かる。
――当然、ゴミ屑に対する対処など一つしかない。
『きゅ〜!?!?』
「「ルルーシア!!」」
身体が炎を噴き出して燃え始め、飛龍の悲痛な鳴き声が空に響く。
赤の世界に拘束され続ける“彼女”と、赤の少女も同時に叫び声を上げていた。だが単なる声に状況を変えられる力があるわけでもない。
「ゃめ……止めて。ルルが死んじゃう」
「屑って言うのはね、視界に入るだけでも不快なんだよ、灼耀の娘」
「燎原の子、お願いだから止め――」
「それにしても中々しぶといなぁ。さっさと燃え尽きてはくれないか?」
「ルル!」
ステイルサイトの声に応えるように、炎が更に勢いを増して燃え上がる。最早鳴く力も残されていないのか、もう飛竜の苦しそうな鳴き声は聞こえてはこなかった。
「ルルが、ルルがっ……お願いです、燎原の子。もう止めて!」
「大丈夫。直ぐにでも止めてあげるよ。もう直に、燃え尽きる」
「――!」
燃え上がる飛竜へと向けて、ぽろぽろと涙をこぼしながら手を伸ばすだけの赤い少女を冷ややかな目で眺めて、ステイルサイトはもう一方へも視線を向けた。
初めこそ赤い少女と共に叫び声を上げた“彼女”だが、今は何を思うかずっと俯いたまま微動だにしていない。その何もしていない仕草こそ、ステイルサイトにとっては何かを企んでいそうで不気味だった。
「……それと一応言っておくけれど、貴女も余計な事は考えない方がいいよ?」
「――余計な事、って言うのは何の事ですか」
「貴女への拘束は常に全力でしてるんだ。少しでも身体を動かせば身体のどこかが吹き飛ぶ、そう思ってくれていい」
「そう、ですか」
「うん。だから――」
“彼女”が顔を上げる。真っ直ぐと、視線がステイルサイトを貫いた。
その瞳はステイルサイトが今まで見たどの“彼女”のものとも違っていた。
無感情、ではない。なのに何を考えているのか――怒っているのか、憎んでいるのか、悲しんでいるのか、それとも喜んでいるのか、それすらも分からない。ただ澄んでいる、瞳の中に映る自らすらも見通せそうな、そんな目だった。
「でも――それがあの子を泣かせてしまった言い訳に、どれだけなりましょう?」
微笑み――久しぶりに見たソレが、ステイルサイトを声を出す事すらも忘れさせた。脳髄の奥までを痺れさせて、“彼女”にただ見惚れる。
“彼女”が無造作に、顔を上げた。赤の世界に触れたのか、こめかみの直ぐ真横で爆発が起こる。
僅かに身を屈めると、炎が両足を焼いた。原形のほとんどないエプロンドレスのスカートを摘み上げようとした両手は爆散し、原形を留める事もなく木っ端微塵に吹き飛び炎の中へと消えていく。
――それでも“彼女”は一向に構わず、まるで目標を見据えるようにして炎に包まれていた飛竜を見上げた。
「やめ――」
ようやく我に返ったステイルサイトが静止の声を上げかけるが、遅い。
恐らくはジャンプでもしようとしていたのか、次の瞬間“彼女”の全身が爆炎に包まれて――微塵も残さずに消えた。
何もステイルサイトは“彼女”を殺そうとしていたわけではない。むしろ殺してしまっては意味がない。ステイルサイト自身、四肢が吹き飛んだ“彼女”を飾っておく、などと言う悪趣味も持ち合わせてはいない。
そもそもステイルサイトもこうも見事に“彼女”を捕らえられるなど嬉しい誤算もいいところだったのだから。
それに“彼女”があんなにも無意味な行為に出るとも思ってはいなかった。どう頑張ったところで“燎原”の力から逃れられるはずもなく、あの場所から動こうとすれば結果は目に見えて――死、しかなかったと言うのに。
だが現実は現実だった。“彼女”の姿は爆炎に包まれて、跡形も残らずに消えてしまった。
――と、言う誤算にステイルサイトも少しは混乱していたのだろう。ある矛盾を見逃していたのだから。
――身を屈めた時に両足を炎が焼いたのなら、何故そのまま崩れ落ちていなかったのか?
◆◆◆
「≪キリプス≫――……さあ、ルルーシア、苦しませて済みませんでした。もう大丈夫ですよ」
「ルル! 母様!」
聞き覚えのある声に顔を上げたステイルサイトが見たのは間違えようもない、飛竜の横で凛と佇む“彼女”。それも――
「――な」
ステイルサイトは驚きを隠せなかった。興奮も何もない、ただ純粋な驚愕。ただ驚いたというそれ以外の感情が正常に働いてはいなかった。
“彼女”の姿は全くの無傷。しかも身体と言わず、溶け掛かっていたはずのメイド服さえも新品同様の汚れ一つなく佇む“彼女”の姿だった。
メイドさんの無事はちゃんとタネも仕掛けも御座います。
決して、メイドさんだから無事でした、とかいうだけの驚愕の理由では御座いませんのであしからず。
そう言えば最近(?)、切れてるレム君がいたり、メイドさんvsステイルサイトじゃ流石に会話が全くなくなると言う事で、地文をちょこちょこと加えてみてるんですけど、読みにくかったり読みやすかったり、表現が下手だったりと、如何なのでしょうか?
それとシリアスはやっぱり大変です。ほのぼの〜がいいのです!
キスケとコトハの一問一答
「空が青ぇなぁ……」
「師匠! 師匠も薬草摘むの手伝ってくださいよ!」




