Wildfire-10
メイドさんvs“燎原の賢者”ステイルサイト、継続中。
今回の“軽い運動”に対して“彼女”が絶対に守る必要があるのは一点のみ。
それは怪我をしない事。例え掠り傷一つ、打ち身一つであろうとも怪我をしない事。自らの主が望んだ願い、それさえ守れるのであれば――後は何をしてもいい。例え主の思惑が別の所にあろうとも、始末をつければ結果は変わらなくなる。
戦闘の心構えとしては絶対不可能な前提を胸に、“彼女”は不可視の力が拡散されるのを肌で感じて崩壊した壁から外へと飛び降りた。
“燎原”の力はその気になれば周囲全てのモノを自分の思う通りに塗り潰す事だってできる。そして今、まさしくその気で“燎原”の力を解放しているだろう事はステイルサイトの眼を見ただけで十分に確信が持てた。
「さて、少しだけ面倒ではありますね」
“彼女”が小さく息を落として振り返った先では、館の一部が完全に吹き飛んでいた。
もっとも“彼女”の言う『面倒』は館を吹き飛ばした“燎原”の力ではなく、後で修理をしなければいけないという手間に対するモノではあったのだが。
「そもそも旦那様も旦那様です。あれだけ自分が相手をしてやるなどと言って置いて、結局は私一人に任せきりなどと……本当に、仕方のない旦那様に御座います」
「今、この状況でもまだあの男の事を口にする余裕があるなんて流石だね。それともそれは余裕なんかじゃなくて最後の愚痴のつもりだったりするのかな?」
今は既に見る影もない、元・館の一角から見下ろしてくる愉しげな視線に“彼女”はやはり無表情にそちらを見上げて言葉を返した。
「その戯言もいい加減聞き飽きましたが?」
「ふふっ、この言葉が戯言になるのか、それとも真実になるのかは全てが貴女次第だよ」
「ならば戯言ですね。あなたの言葉は全てが戯言。私の心を揺さぶる事もなければ、感情一つ動かせるわけもない」
「その割には貴女のソレは敵意の籠った視線だと思うけれども?」
「そうだとして。私の心を動かしているのはあなたに対してなどでは決してない。私の大切なトモ――アルーシアに対してです」
「……やれやれ。本当に妹は人気者だね。兄としても鼻が高――」
言葉はそれ以上続かなかった。
場の空気が変わる。温度は変わらず、ただ体感では極寒の中にいるような震えと痛みを感じずにはいられない。
「……どの口が、私の大切なモノを侮蔑しますか?」
「侮蔑したつもりはないよ。ただアルーシアが妹だという事実はどうやったとしても変わらない。そうでしょう?」
「ええ、本当に。どうしてあなた如きがあの子の兄だったのか、理解したくもない」
「僕としてはあの子には感謝しているけどね。貴女と出逢えたのだってそうだし、今この力があるのもあの子のお陰だ。感謝しているよ」
極寒の殺気を受けて、だからこそステイルサイトは笑いながら言葉を紡ぐ。殺気を向けているという事は自分を見ているということ。ならこれ以上に嬉しい事なんて、そう簡単に在りはしない。
そうして機嫌が良くなって、口が軽くなったからこそステイルサイトは“彼女”にとって気に障る事を軽く口にする。それが“彼女”の殺意を更に煽り、それがまたステイルサイトの機嫌を良くさせるという悪循環。
だが何事にも限界があるように、それが“今”だった。
「――旦那様、どうか御許しを。旦那様の願い、守れないかもしれません。私は、……やはりコレを生かしておく事が出来そうにない」
それがこの戦いが“彼女”にとって“軽い運動”ではなくなった合図だった。
◆◆◆
言葉を漏らした“彼女”の姿が――ステイルサイトが吹き飛んだ――消えた。
「っ……っ、っ、っ!?!?」
吹き飛んだステイルサイトの周りで衝撃だけが発生して、その身体は右へ左へと吹きとばされ続けていた。足は宙に浮いたまま、倒れる事もなく声をあげる事すら出来ていない。
「終わりです」
声だけが、四方八方から届く。その姿を目で捉える事は叶っていない。
一際大きな衝撃の後、ステイルサイトの身体は大きく上へと打ち上げられた。そうしてステイルサイトはようやく見る、自らの真下に静と佇む“彼女”の姿を。
「【闇より出、白きモノ。光に帰する、黒きモノ。創世と滅亡の彼方より来たれ、狭間たゆたえしモノ――】」
「っ!!!!」
“彼女”が唱えているモノ、収束する雰囲気に流石のステイルサイトもここに来て初めて息を呑んだ。
空へと向けられた“彼女”の人差指は真っ直ぐとステイルサイトを指さして、ぴたりと停止した。ステイルサイトは焦りすら見せながら、小枝“聖遺物”≪ユグドラシル≫を眼前へと突き出す。
「喰らい尽くせ、万物の木々≪ユグドラシル≫!!」
「【――創滅の詠歌】」
“彼女”の指から先――一筋の空間が天すらも貫いた。真っ直ぐ天へと道を示すのは光の柱。全てのモノを許容し、全てのモノを否定する、創生と滅亡の一柱。
光の柱に貫かれながら、それでもステイルサイトはまだ“存在出来て”いた。花開くように裂けた“聖遺物”≪ユグドラシル≫が光の柱を次々と喰らっていっている、そうでなければ間違いなくステイルサイトの存在は既にない。
だがそれでも、光の柱はじわりじわりとステイルサイトを押しつぶそうとしていた。
「魔力は封じたはずじゃ……!?」
「――元より、私たちに魔力封じは効きはしない」
「な、んで……」
「魔力を封じられていても魔力を創る事は出来る。故に魔法を使う事も出来る。私自身の魔力を封じたところで意味はない」
「ゥ……ぐっ! ≪ユグドラシル≫! “燎原”の力よ!!」
ステイルサイトの周囲を赤い世界が覆い尽くし、“聖遺物”≪ユグドラシル≫がさらに大きく膨らんで光の柱を喰らい出すが、それでもまだ及ばない。光の柱が徐々にステイルサイトを押していく。
「許しは乞わない。存在ごと消え去りなさい、ステイルサイト」
「く、そおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
……あれ、レム君は?
と、書き終えてから思った。主人公って誰ですか、という感じになってきている気がする今の展開。……いや、活躍しない事こそがレム君の本領だと思います。
キスケとコトハの一問一答
「」
「あれ、師匠? どこに行ったんですか、師匠ー?」




