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20 嫉妬





 リディアーナの部屋の前に、カインが立っている。リディアーナは気にせずに廊下を進むと、カインがリディアーナをまっすぐに見てきた。赤い瞳で。


「誰かと話していたのか」

「ひとりごとです」

「……少し、話をしてもいいか」

「はい」


 外で見た態度とはずいぶん違う。偉ぶっていたのに、随分と落ち着いている。あれは部外者への牽制だったのだろうか。


「部屋に入られますか?」

「ここでいい。お前……随分、雰囲気が変わったな。王都で見かけたときは、もっと……いや、なんでもない」


 リディアーナの顔を見ながら、懐かしそうな、だがどこか寂しそうな顔で言う。

 どうやらカインはリディアーナを知っていたらしい。『フォーデルハイド家の呪われた人形』と呼ばれていた、表情が乏しく感情を見せないリディアーナを。


 リディアーナにはまったく覚えがなかったが、わざわざそんなことは言わない。


「……この地に嫁ぐお前を迎えるのは、おれの役目だった」

「…………」

「だがお前たちは来なかった。使者の一人すら。いったいお前の身に何があった?」

「……わかりません」

「ただ事実を言えばいい。お前の身に何が起こったのかを」


 その目はあまりにもまっすぐで、揺らぐことのない光のようだった。

 ――彼に嘘は通用しない。


「気づいたらひとりでした。うたた寝をして、目覚めたら夜で。護衛団は姿を消していて、私は馬車にひとりでいました。何もない草原で」


 リディアーナは事実を話していた。


「魔物に襲われかけていた私を、冒険者の方々が助けてくれました。それからは、冒険者として何とか生きていました。私はさいわい、中級魔法が使えたので」

「……そうか。お前は強いな。よく生きていてくれた」


 声色はやさしく、眼差しには尊敬の念さえこもっていた。しかしそれは次の瞬間凛々しいものに変わる。


「あの男は何者だ。お前を助けたという冒険者か」

「はい。ヴァルターは、いまは私の夫です」

「夫か……そう言っておけば、辺境で結婚しなくて済むかもしれないと思ってるのか」

「…………」

「お前たちの間には、甘い雰囲気がまるでない。夫婦でなく、主と従者だ。そもそもあの男に感情があるかすらわからん」


 ――聡い。

 勘がよく、よく物事を捕らえている。

 熱しやすいところはあれど年相応とも言える。辺境伯の地位に向いていないとは思えない。


「まあいい。おれがあいつを打ち負かせば済む話だ。あいつを継承者にするとか、こんなおかしい話、おれが正してやる。皆――どうかしてる」


 窓の外を見ながら、苛立たし気に呟く。カインにしてみれば、何もかもおかしく見えるだろう。


 辺境伯の後妻となるため嫁いできたのに既にほかの男と結婚していると言う伯爵令嬢も。

 そのどこの誰ともわからない男を自分の後継者にしようとしている辺境伯も。


 正統な後継者であるカインには理解できず、決して看過できない状況だろう。


 ヴァルターを辺境を乗っ取りに来た不審者として敵対視していてもまったくおかしくない。自分たちは、問答無用で斬り捨てられてもおかしくないことをしている。


「カイン様がどう思われているかはわかりませんが、私はヴァルターがいなければ死んでいました。これからも、生涯を共にする覚悟です」

「お前もあいつが辺境伯を継ぐにふさわしいと思うのか?」

「いいえ。この地を継ぐのにふさわしいのはカイン様の方です」

「ならおれが勝てば、おれの妻になるんだな?」

「……え?」

「なるんだな?」


 念押しされる。

 リディアーナはカインの意図を測りかねた。


「――か、勘違いするな! 辺境伯を継ぐものとしては、お前を娶るのは当然のことだ!」


 ――リディアーナが無事護衛団によって辺境伯のもとへ送り届けられていればそうなったかもしれない。

 ルギウス・バルトロイ辺境伯ではなく、その孫であるカインと結婚する。年齢的にもその方が釣り合いが取れている。


 ――だがそうはならなかった。


「爺様はおれに継がせたくないみたいだが、おれは必ず当主を継いで魔族どもを皆殺しにしてやる」


 赤い目の奥には憎しみの炎が燃えている。

 バルトロイ辺境伯は、カインが唯一残った身内だと言っていた。この地で、この一族がどんな過酷な戦いに明け暮れてきたのか。リディアーナでは想像しきれない。


「お前の母親の仇も取ってやる……お前は、何も心配しなくていい」


 去っていくカインの背中を、リディアーナは茫然と見つめた。


 カインはあまりにもまっすぐだ。彼の姿を見ていると、辺境伯の地位を継がせたくないバルトロイ辺境伯の気持ちもわかる。

 ルギウス・バルトロイ辺境伯はきっと、カインを守るためにリディアーナとヴァルターに辺境を任せようとしているのだろう。正体に勘づきながらも。





 部屋に戻り、リディアーナは驚いて固まった。部屋の中にはヴァルターがいた。人間の姿で。

 しかも彼は怒っていた。不機嫌さを隠そうともせず、部屋に入るリディアーナを青い目で見つめていた。


「どうしたの、ヴァルター」

「俺はあなたの夫ではないのですか」

「ええ。そういうことにしたわね」


 辺境伯との結婚話をなかったことにするために、口から出まかせを言った。


「ならば何故他のものと番おうとするのですか」


 ヴァルターは怒っている。

 獣の耳を立てて、獣の尾を激しく膨らませて怒っている。

 リディアーナはその怒りを、自分の地位が他者によって脅かされようとしているからだと解釈した。


(私の一番でないと気が済まないのね)


 ヴァルターは独占欲が強いのだ。フェンリルという種の特性なのだろうか。


 魔族同士でも結婚と似た概念がある。それが『番い(つがい)』だ。魔族は子どもを産まないから結ばれる必要はない。だが――獣系の魔族は特に――己の唯一の相手を定めることがある。その相手と運命を共にすることを誓いあう。


 ヴァルターはフェンリル――魔狼だ。本能で『番い』を求めるのかもしれない。


「私が人間だからよ。人間は本能だけでは結ばれないの。様々な状況や条件を考慮して、最もふさわしい相手と結婚することもある」

「ならば俺があなたに最もふさわしい相手になります」


 ヴァルターはどこまでも純粋だ。


「じゃあヴァルター、あなたは今日から人間の貴族になりなさい」


 リディアーナは無茶を言った。


「まずは貴族としての在り方をバルトロイ様から学びなさい。剣を覚えなさい。冒険者としてではなく、騎士としての剣を。その剣で十日後にカイン様に見事勝利しなさい――もちろん殺してはダメよ」

「承知しました」


 ヴァルターはリディアーナの無茶の数々をあっさりと承諾してしまう。

 彼もまたまっすぐだ。素直すぎてリディアーナが不安になるほどに。


 それと同時に、リディアーナは楽しさも覚えていた。ミルルリカはリディアーナを流されっぱなしと言っていたが、状況が目まぐるしく変化していくことは、リディアーナにとって楽しいことのひとつであった。


 そして。

 完璧な存在のヴァルターが、目覚ましく成長していく姿を見るのが好きだった。

 ヴァルターはリディアーナが知る限り、唯一、成長していく魔族だった。




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