堪忍袋の緒ってこんな風にも切れるのね。
『姉さんはなんて迂闊なんだ!』
『ユーリは王太子の婚約者である自覚はあるのか!?』
頭の中で誰とは言わないけれど約2人に怒られてる。
ごめんなさい。でもわたし悪くないのよ?被害者よ?何事も被害者は悪くないの。悪いのは全て加害者なのだと世の中に訴えたい。
あと前世で異世界本読みながら『みんな誘拐されすぎじゃない?』と思ってごめんなさい。この時代ではあるあるなのね…日本の平和がまだ頭にあったし、公爵家で皆に守ってもらっていたのだと実感中。
そして裏では本当に人身売買が当たり前なんだと目の当たりに感じて唇を噛み締める。
三角巾越しにも周りが暗くなり小屋に入ったようだと思えば、隅に投げ置かれた。
鼻から吸う息が埃っぽい。
なんとか座ろうと身体を動かし…手首も足首も縄が食い込んで痛いけど、床に寝たままなんて嫌だと、必死で座った。
口の中の布が涎でベタベタで気持ち悪い。おえってなりそうだけど、必死で堪える。
正直怖いし痛いし泣きそうなんだけど、ユリエルは悪役令嬢っ!そんな子はこんな時に泣かないわ!!なんて自分を鼓舞する。
「あの召喚獣を抱いてたから間違いは無いとは思うけどよ、念のため確認するか」
「確か茶とオレンジの混じった髪だって書いてあったな」
書いてあった?誰かからの指示があったってことよね。さっき買取って言ってたけど、国内?国外?わたしと違ってきっとフワフワを愛でたいだけじゃないわよね。何に使おうというのかしら?
しかも髪色から言って、やはり狙われたのはミラさんなのね。
そんな事を考えている間に、三角巾を掴まれ強引に取られると同時に髪留めも外れて床に転がる。
お気に入りの髪留めなのに!!
10歳のシルクがわたしに内緒で買ってくれて、はにかんで渡してくれた思い出の品!!
『もういい加減違うの使いなよ』と何度言われても、あの時の可愛いシルクの思い出と共に大切に使ってるのに!!
ついでにそんな事言いながらも少し照れ臭そうな義弟が可愛いのにッッ!!
恨みを込めて睨見つければ、相手が慄くのが見て取れた。
「オイ!!髪色も、瞳も言われてた特徴と違うぞ!!?」
この場には6人のゴロツキ。
外に見張りが居ると考えれば、7人以上。
それだけの人数をかけてまでミラさんを狙ったと言うことは、分けてもそれなりの報酬が約束されていると言うことだろう。
「ちょっとまて……おい…黒目黒髪って…お前…」
奥に居る少し身なりの良い男が、顔を青くして後ずさっている。
「お前!!なんて物を連れてきちまったんだよ!!」
誰が物か!!!!
でもミラさんで無くて良かったとも思った。
あんな可愛らしい子が、わたしの前で緊張してカミカミになっちゃうような子がここに居たら、怖くて怖くて仕方なかったと思う。
ミラさんだけじゃない、きっと召喚士の子を買い取ると言うことは、どこかに大元がいる。
そこには他の被害者が居る。
こうして年端も行かぬ子供達までも大人の金儲けに使う馬鹿が居る。
そう思ったら、荒縄の痛みなんて感じない。
クロモリを呼び出したいけど、しかし願っても現れず、やはり声が媒体になっているようでさっきから口の布が邪魔をして呼び出せない。
「お前コイツが誰か知ってんのか?」
「馬鹿野郎!!黒目黒髪であの学園に今通ってるのは…王太子の婚約者でセルリア公爵家の一人娘のユリエル嬢だけだぞ!!」
この人…貴族ね。引き篭もり令嬢であるわたしを知っている人間は少ない。
婚約パーティーも誕生日会も、普通の令嬢ならお披露目の数は多いけど、わたしがなんとか誤魔化し続け逃げ続け、パーティーといったパーティーにも出ず、お茶会等も上手いこと逃げて回ったここ数年。
黒目黒髪だと知っているのも一部の貴族程度のはず。
お父様にもロイさんも『ユーリが婚約者なのは間違いないのだから、まだ無理して公の場に出ることはない』と、諦め甘やかされておりましたのよ!!
「そりゃヤバイな。オイどうする?でもコイツ見目は抜群だし、殺すには惜しいな。この前の娘みたいに娼館に売っちまうか!?」
ブチブチブチブッチーーーーーーン
自分でも堪忍袋の尾が微塵切りに千切れた音が聞こえた。
『この前の娘みたいに』
完全に泣いている子が確定されました。
ゴロゴロと空から音が鳴ったと思えば、パシンとわたしの頬から音がする。
「オイ!なんだその目は!!?令嬢だかなんだか知らねえが、お前今の自分の立場わかってんだろうな!」
ぶったね…お父様にもぶたれたことないのに…なんてそんなこと、どーーーーーーーーでもいいっ!
正直怒りで痛みなんて無い。
年端も行かぬ子が売られて泣いている。
それに比べてこんな痛みは蚊に刺された様なもんだわ。
壁に背中を当て、両手脚の自由が効かないながらも必死で立ち上がる。
わたしを叩いた男以外、少しずつ後ろに下がって居るのが見える。
多分相手から見たら、井戸とテレビより現れるあの人の様に見えて居るのかも知れない。
外で雷が光る。
「さっきまで晴れてたのに、突然なんだ!?」
「おい!!馬車が落雷で壊れたぞ!!?」
外から2人の声が聞こえる。
あぁそう。8人なの。
8人で女の子1人を拐おうとしたの。
「オイ…コイツ…身体から黒い…魔力が…」
小屋の中にいた人はガクガクと震えて立てなくなっているか、部屋から逃げ出そうと扉を開けようとしてる。
しかしわたしを逃がさない為か、外から鍵が掛かっているらしく、扉を叩いて外に助けを必死に求めだす。
ねぇ?その子達はそんな風に必死で助けてって言わなかった?
涙ながらにやめて欲しい、家に帰してってその子は泣かなかった?
御両親はきっと毎日いつか帰ってきてくれると信じて、身を切られる様な辛い日々を過ごしているわ。
自分の身体を見れば、確かに全身から黒いモヤの様なものが見えて、
『クロモリ』
瞳を閉じそう強く念じれば、それは集まり…黒豹が現れた。





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