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アベル・イグナシオ回想録 ~国境で捕えられた敵国人は、俺の命の恩人でした~  作者: 晩夏ノ空


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69 Interlude【大公視点】国主として


「──では、私も隊舎に戻ります」

「ああ、ご苦労だったエドガルド。引き続きよろしく頼む」

「はっ」


 アベルたちを見送った後、エドガルドが敬礼して踵を返す。


「…ふう…」


 静かに閉まった扉を見遣り、大公は深く椅子に腰掛けた。


 とても大きな仕事を片付けた気分だ。──いやまあ、その通りではあるのだが。



 ──公国国主、大公、ルカス・カルデロン。


 与えられた名を反芻し、大公は深く深く溜息をつく。


 先代大公夫妻には、子どもが居なかった。

 とある事件をきっかけに夫妻と知り合った彼は、養子縁組でカルデロン大公家に入り、大公の座を引き継いだ。


 表向きには、養子縁組ではなく『生き別れた子どもと再会した』ということになっている。


 先代大公はヒューマンだが、奥方はエルフだった。

 外見年齢が変わらない己のことを『妻の血を引いていることにすれば、誰も疑問に思わんだろう』と笑って受け止めてくれた日のことを、今でもよく覚えている。


 ──その2人は、彼が養子となってから数年後、流行病であっけなくこの世を去った。


 あれから50年近く。自分は変わらぬまま過ごし、周囲の者は年を取った。


 一方で、若い芽は次々に育っている。



「…?」



 ふと不思議な気配を感じ、大公は周囲を見回した。


 ──締め切った部屋に、風が吹く。



《…ふふ…》



 鈴が鳴るような、軽やかな念話。


 温かさと懐かしさを感じる風と共に、目の前に現れたのは──青緑色の髪に琥珀色の瞳の娘。


 人ではない。風精霊だ。だが──()()()()()()()()



「…久方振りだな、()()()



 『識者の眼』に映った情報が、その直感が正しいことを告げていた。

 大公がそう口にすると、あら、と風精霊が頬に手を当てる。



《よく分かったわね》



 世界樹であった時は全てを達観するように茫洋としていた目が、今は楽しそうに煌めいている。



「それは、分かるさ。──()()



 大公──初代『月晶華』の一人『()()()()』は、そう言って微笑んだ。


 くるり、風精霊が天井付近で宙返りする。


《あらあら、貴方にそう呼ばれるのは本当に久しぶりね。300年振りくらいかしら》

「ああ、そうだな…」


 『神凪ルカ』がこの世に生まれ落ちたのは、300年近く前のこと。


 反転の世界樹が生み出した最初の男女の中に、彼も含まれていた。


 瘴魔を屠ることに特化し、ひたすらに刃を振るう者。

 術に特化し、守りを固める者、あるいは瘴魔を打ち倒す者。

 初代『月晶華』はそれぞれ特殊な能力を持っていたが、『神凪ルカ』だけは、戦うすべを持たなかった。


 ──『(かんなぎ)』。世界樹に寄り添い世界樹と共に在り続ける、『()()()()()』を持つ存在だったゆえに。


 戦えないことに引け目を感じていた彼は、自分に出来る事を模索した結果、世界中に点在する他の世界樹の状況を確認し、反転の世界樹が『堕ちる』のを防ぐための方法を探ろうと考えた。


 『永劫の祝福』があるから、自分は老いない。死ぬこともない。それに、あらゆるものの本質を見抜く『識者の眼』もある。調査に行くには適任だろうと。


 仲間たちと世界樹に何度も言葉を重ね、ようやく納得してもらった彼は、その後長い時間を掛けて世界中を旅した。


 ただ──彼はきちんと理解していなかった。


 『永劫の祝福』を持つ自分と、持たない仲間たち。


 その時間の進み方は、決して同じではないということを。



 ──長い長い調査の果て、北の大陸に反転の世界樹があると知り、彼はそこを最後の目的地と定めた。


 そこで見たのは、瘴気による汚染が進み、今にも枯れ落ちそうになっている世界樹の姿だった。


 呆然とする彼の目の前で、その反転の世界樹は突如瘴気を溢れさせ──瘴気と瘴魔に襲われた彼は、そこで一度意識を失った。


 …だが、死ななかった。


 普通なら死ぬはずの損傷と発狂してもおかしくない苦痛を繰り返しながら、『永劫の祝福』は彼を生かし続けた。


 その場から動けなかった彼を救ったのは、地の氏族のドラゴンたちだ。

 『堕ちた』反転の世界樹の様子を見に来たトパーズが彼を見付け、地の氏族の棲み処で保護し、傷が治った後にこちらの大陸まで送り届けてくれた。


 ──気付けば、100年単位の時が過ぎていた。



 久方振りに生みの親の反転の世界樹の元に戻った彼は、仲間たちが既に亡くなっていることを知った。

 いつの間にか世界樹の傍に小さな里ができ、そこで仲間たちの子孫が暮らしている。瘴魔を倒す役割分担も確立され、選ばれた者たちが『月晶華』の役割を負っている──それを目の当たりにして、自身の正体を明かすことなく、ひっそりとその場を後にした。


 その後各地を転々としていた彼は、縁あって公国の大公家に拾われ、国主となった。


 峡谷を挟んで世界樹と隣り合うこの国は、魔素と瘴気の影響を色濃く受けている。逆もまた然りだ。


 せめて公国から発生する瘴気を出来るだけ少なくしようと、彼は為政者として必死に手を伸ばした。


 忌み嫌われていた『異能』持ちを保護し、街を整え、治安部隊の権限と責任を強化し、近隣諸国と手を取り合えるよう交渉を重ね…出来うる限りのことをした。


 辣腕を振るう為政者として振る舞ってはいたが、内心はいつも必死だった。


 世界樹の傍に居られなかった『月晶華』。

 そして、世界樹が『堕ちる』瞬間を目の当たりにした唯一の生き残りとして。


 せめて少しでも、その瞬間を遅らせようと。



 ──結果的に、何も知らない振りをして、当代の『月晶華』に全てを背負わせることになってしまったが。



《また顔が見られて嬉しいわ》


 世界樹本体と共に消えたはずの少女が、大公を見て嬉しそうに笑う。


 髪の色も外見年齢も違うが、その琥珀色の瞳は記憶にあるものと同じ。


《世界樹だった頃は、自由に出歩くなんて出来なかったもの》

「…そうだな」


 喉につかえるものを無視して、大公は頷いた。


 そして、深く頭を下げる。



「──済まない。私は、自らの役割を放棄した」



 ずっと胸に抱えていた思い。

 『巫』である自分は、本当は世界樹から離れてはいけなかった。


 だが、風精霊はきょとんと首を傾げる。


《あら、貴方はずっと世界を見詰めて、少しでも瘴気の発生を抑えようとしていたじゃない》


 それだって立派な役割よ、と風精霊は笑う。


 ──ああそうか、と大公は不意に理解した。


 彼女は世界樹であり、世界そのものの一部でもあった。

 そこに負の感情が生じる余地は無い。

 それぞれの行いを等しく見詰め、見守っている。

 風精霊に変じた今も、その本質は変わらないのだろう。


「…そうか」


 少しだけ肩の力が抜けると同時に、胸の奥底に揺るぎない何かが生まれる。


 産みの親である反転の世界樹は、もう無い。

 もしかしたら、世界のどこかで新たな反転の世界樹が生まれているかも知れないが──ヒトの数は増え続けている。これから世界がどうなるかは、きっと人間たちの営みに委ねられるのだろう。


 ならば、自分は自分が果たすべき役割を全うしよう。


《あのね、今日はお礼を言いに来たの》


 大公の決意を知ってか知らずか、風精霊は軽やかに床に降り、ふわりと一礼する。



《あの子を──リョウを助けてくれて、ありがとう。皆の助力がなければ、きっとあの子は役割を果たすことも、生き残ることも出来なかったわ》



 それは──



「礼を言うのはこちらの方だ。──10年前、アベルの命を救ってくれたのは()()だろう?」



 大公が指摘すると、風精霊はわざとらしく視線を明後日の方向に向けた。


《あらあら、何のことかしら。確かにその頃、あの子と波長が合いそうな子どもが谷に落ちたから、こちら側に流れ着くように()()()()()()()()()()()()けれど…私がしたのはそれだけよ?》


 それだけとはよく言ったものだ。


 大公は思わず苦笑する。


 訓練兵だったアベルが帝国に流れ着き、無傷で戻って来たあの事件。

 帰還したアベルを『識者の眼』でじっくりと視た大公は、思わぬ単語を認識して目を疑った。



 『月絆の紋』、そして──『世界樹の加護』。



 『月絆の紋』は恐らく彼が反転の世界樹の元を旅立ってから開発された術だったため、効果のほどは分からなかったが──『世界樹の祝福』の効果は直感的に理解した。


 困難に直面した時に少しだけ背中を押し、望んだ結果を引き寄せる、ささやかな、けれど強力な力。


 世界樹は、本当に『ちょっと背中を押した』だけのつもりだったのだろう。


 アベルと波長が合い過ぎたのか、それともその後で施された『月絆の紋』との相乗効果か──それは非常に稀有な加護となった。


 アベルが就く任務で殉職者が出ないのは、偶然ではない。


 本人たちの努力や意思に、加護が作用した結果なのだ。


 その『世界樹の加護』は『風精霊の加護』となって、今もアベルの中に在る。



《あとね》


 風精霊はこちらの目を覗き込み、告げた。



《…貴方の中の『永劫の祝福』は、()()()わ。──これからはどうか、貴方の愛する者たちと共に、時を重ねてね》


「…!」



 大公は息を呑んだ。


 世界樹が斬られたのと時を同じくして、大公の中の『永劫の祝福』は消えた。


 アベルの中の加護は残ったのに、何故自分の中の祝福は消えたのか──自分が『月晶華』の役割を果たせなかったからだと思っていたが、違った。


 風精霊が少し哀しそうな顔で微笑む。



《…ちゃんと理解していなかったの。永遠に生きるということが、どれほど残酷か。…貴方が北の大陸で傷付き続けていた時、私は何も出来なかった》



 『永劫の祝福』があったからこそ、彼は死なずに済んだ。

 けれど、死に等しい苦痛を、長期間繰り返し味わうことになった。


 ──だがそれは、自分の自業自得だ。


「それは貴女のせいでは…」

《そうかも知れない。でもね──》


 琥珀色の瞳が、目の前にある。

 こちらの両頬を両手で包み込み、こつんと額を合わせる仕草は、遥か昔、彼が反転の世界樹の元を旅立った時と同じ。


《──私は世界樹ではなくなった。だから貴方も、もう『月晶華』ではないの。一人の人間、『神凪ルカ』──ううん、『ルカス・カルデロン』として、これから先の未来を作って行ってね》


 実体が無かったあの時とは違い、今はちゃんと、柔らかな感触がある。


 頬から離れた手をそっと両手で包み込み、大公は頷いた。



「──ああ、約束する。この先の未来のため、全力を尽くそう」



 どのような出自であれ、自分は国主となった。

 国主とは、国の導き手。人々の未来を守る者だ。


 宣言する大公に、風精霊は嬉しそうに頷いて──不意に、悪戯っぽく笑った。



《…貴方個人の幸せも、ちゃんと掴むのよ?》



 それは世界を見守る世界樹でも、自由を謳歌する風精霊でもなく──子どもを案じる、母親の目。



「……肝に銘じますよ、母上」



 不思議と温かいものを感じながら、大公は苦笑した。





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