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アベル・イグナシオ回想録 ~国境で捕えられた敵国人は、俺の命の恩人でした~  作者: 晩夏ノ空


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55 クーデター(2)


 暗い石畳の通路を早足で進む。

 書庫があるのは城の地下区画だ。元々人の出入りの無い場所らしい。


 それを知っているのは、ラファエロがこの区画に入り浸っていたからだ。


 作戦会議の時、『行政区画は時々煩わしくてな』と苦笑する顔には陰があった。彼にも色々あったのだろう。


 備え付けのランプは無いので、頼りは持ち込んだ魔石ランプだけ。

 頭の中に城の見取り図を思い描き、アベルは階段を上がった。


「…」


 古びた扉の向こう、行き交う人の気配がする。


 それが途切れるタイミングを狙って扉を開け、するりと廊下に出る。モーリスたちが無言で続いた。

 先に進もうとしてこちらに向かって来る気配に気付き、さっと手近な部屋に入る。

 魔石ランプを消して息を殺していると、慌ただしい足音と苛立ち混じりの声がした。


「──門兵は何を──」

「それが、どこにも…──」

「すぐに呼び戻せ! 責任者は──」


 気配が通り過ぎると、ブラウがぼそりと呟いた。


「…そういや、門兵はこちら側だってラファエロが言ってたな」

「作戦開始と同時に職務放棄か、やるな」


 城の中にも協力者は居る。

 ほとんどは非戦闘員だかから、変に巻き込まれないよう作戦開始と同時にやるべきことをやって避難しているそうだ。


 門兵の場合は、職務放棄すること自体がレジスタンスの利になる。

 多分今頃、門の鍵を壊して兵士の鎧を脱ぎ、レジスタンスに合流しているだろう。


「…大丈夫そうだね」


 兵士たちの気配は遠い。まだアベルたちには気付いていないようだ。


 見付かったら大暴れする予定だが、見付からずに皇帝を叩けるならそれに越したことは無い。

 大将首を押さえれば下は動けなくなるし、そもそも何も知らずに城に詰めている兵士も居るだろう。


 再び廊下に出て、上層階を目指す。


 皇帝の居住区画は城の最上階。その下が謁見の間だ。

 とても効率の悪い造りだと思うが、これは帝国ではなく、その前に存在した『旧王国』の様式なのだという。


 帝国は、その昔旧王国を打倒して成立した国。古い建物は皆、旧王国の流れを汲んでいる。

 皇城はその最たる例だ。

 仕事がし難い間取りだと使用人たちには評判が悪いが、改装するのにも予算と技術の都合が付かず、そのままになっているらしい。


「…来る」


 階段を上っていると、リョウが呟いた。


 上から足音が近付いて来る。隠れられるような場所は無い。

 アベルがさっと視線を走らせると、モーリスが即座に頷いた。


「俺は右をやる。リョウ、左は任せた」

「分かった」


 リョウがアベルの前に出て、モーリスと共に階段を蹴った。


「──お前たち、なん──!?」

「ぐはっ!?」


 下りて来たのは若い2人の兵士だった。

 誰何の声を上げる前に、モーリスとリョウがそれぞれ一撃を入れて気絶させる。


 ヒュウ、とブラウが口笛を吹いた。


「息ぴったりだな」

「当然だ」

「モーリスが鍛錬に付き合ってくれたから」


 余裕の表情を浮かべるモーリスと、平然と頷くリョウ。2人の姿はごく自然で、並び立つのが当たり前のように見える。


 正直、モヤッとする。


(…いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃない)


 アベルは無理矢理思考を切り替える。


「少し急ごう」

「ああ」


 階段を駆け上がり、廊下を駆け抜け、さらに豪奢な階段を走る。

 その間遭遇した兵士たちは、皆出会い頭にモーリスとリョウが気絶させて行った。


 そして──


「…」


 彫刻と金銀の象嵌細工で彩れられた両開きの扉を見上げ、アベルたちは一旦足を止める。


「…この向こうが謁見の間か」

「随分大人数の気配がするね」

「呪術の気配もビンビンだぜ。活きの良い蛇がうじゃうじゃ這ってるみたいだ」

「気持ち悪いこと言うな」


 ブラウの表現に、うげっとモーリスが顔を歪める。


 扉の向こうにはかなりの大人数の気配と、淀んだ何かの気配がある。間違いなく、待ち伏せされているだろう。


「…」


 リョウは無言で扉を見ていたが、不意にこちらに向き直り、アベルたちに手を差し出した。


「みんな、これを」


 渡されたのは、手で握り込めるくらいの小さな木の枝。持った瞬間、不思議な暖かさが全身を包み込んだ。


「これは…」

「世界樹の枝。簡単な術を込めてあるから、万が一傀儡術を掛けられそうになっても、1度は身代わりになってくれる」


 ここから先はもう呪術師の間合いだから、とリョウは言う。


 しかし簡単に渡されたが、世界樹の枝は非常に貴重な品だ。一体いつの間に用意したのだろうか。


「そんな貴重品、良いのか?」

「里の反転の世界樹の枝だから、そんなに貴重ってわけじゃない。あっちを出発する時、鍛冶屋の跡地から拾い出して来ただけだから」


 元々は鍛冶師が武器を鍛造する時に使う材料なのだという。

 使い切りだから気を付けてと言うリョウに頷いて、アベルたちはそれぞれポケットに世界樹の枝を入れる。


 視線を交わした後、アベルは両開きの扉を思い切り開け放った。


 警戒していた不意打ちは、無かった。


「…」


 扉のあるこちら側以外、全ての壁沿いにずらりと並ぶ兵士たち。ざっと30人近く居るだろうか。

 全員が完全武装しているところを見ると、少なくともここに居る者たちには、こちらの動きは筒抜けだったようだ。恐らく呪術で監視していたのだろう。


「──来たか」


 奥に立つフルプレートの大男が、低い声で呟く。

 その顔は知っている。


「…帝国軍、皇帝親衛隊」


 流石に前線には出さねぇか、とモーリスが苦い顔をした。


 皇帝を守る親衛隊、隊長のバルトルド・ハインツ。

 公国と帝国にそれなりに国交があった頃、公国に来た皇帝を護衛する姿を見たことがある。

 モーリスは、交流の一環として拳を交えたこともあったはすだ。


「──公国軍特殊部隊、モーリス。久しぶりだな」


 あちらも覚えていたらしい。バルトルドはモーリスを見て目を細めた。


「…まさか、かの公国が我が国の逆賊に与するとは。大公も耄碌(もうろく)したものだ」

「何だと…」


 モーリスが低く呻く。

 あからさまな挑発に、アベルは内心首を傾げる。


 バルトルドは、厳格で生真面目な男だったはずだ。

 こんな当てこするような言い方はしない気がする──普通なら。


「…モーリス、落ち着け」


 ブラウが小さく囁いた。


「奴から特に嫌な気配がする。多分、傀儡術ってやつだ」

「…」


 モーリスの隣に立ったリョウも、静かに頷いた。

 モーリスは一瞬肩を揺らし、ゆっくりと息を吐く。


「…了解した」


 それだけで、怒気が収まる。


 バルトルドが片眉を上げた。


「…そちらは凪の一族の自治区の者か。いつの間に公国と通じた?」

「答える義理はない」


 リョウが即答すると、くっとバルトルドが喉の奥で(わら)う。


「道理だな。…挨拶もなしに皇帝の居城に乗り込んで来るような輩には、こちらの方が似合いか」


 バルトルドがサッと片手を挙げると、周りの兵士たちが一斉に弓を構えた。

 弓兵の背後には、さらに別の制服を着た兵士たち。魔力の気配がするところを見ると、魔法兵も混ざっているらしい。


「…」


 リョウが僅かに腰を落とす。

 それが彼女の臨戦態勢だと分かるのは、アベルたちだけだろう。


「…全員、一歩下がって」


 小さな囁きは、アベルたちの耳にだけ届く。

 じり、とアベルたちが退くのと、バルトルドが手を振り下ろすのはほぼ同時だった。



「──やれ!」


「!」



 ぶわっと魔力が膨れ上がり、矢と、様々な属性の魔法が一斉に放たれる。


 リョウが一歩踏み込んだ。



「──閃、参式!」



 キィィィィィ──!



 奇妙な音がした。


 金属が共鳴する音、ガラスが削れる音、それとも、生を渇望する生き物の絶叫。



 その音は一瞬で跳ね上がり、聴こえなくなって──白い斬線が見えたと思った直後、矢と魔法が、消し飛んだ。





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