52 帝都の協力者(4)
死者蘇生。
大切な者を亡くした者なら誰もが願うであろう奇跡。
ラファエロはそれを、『禁呪』だと言った。
「…そんなことを…?」
アベルが思わず呻くと、ラファエロは少し遠くを見た。
「5年前、この国の皇后──皇帝の妻が亡くなったのは知っているか?」
「ええ、勿論です」
それと前後して、帝国は諸外国に対して侵略的な姿勢を見せるようになった。
ラファエロが外交官の地位から外れ、国外に姿を見せなくなったのもその頃だ。
「…まさか、皇后を蘇らせようとしているのか?」
「私はそうだと思っている。帝都に張り巡らされた呪術の解析結果が正しければだが」
術の解析に時間が掛かり過ぎた、と、ラファエロは悔恨の表情を浮かべる。
「もっと早く分かっていれば、対策も打てたのだが…」
仕掛けられた呪術はもうほぼ完成し、あとは発動に必要な瘴気を集めるだけだという。
しかし、死者蘇生を止めようとする理由が分からない。
素直にそう口にしたら、ラファエロは虚を突かれた顔をした後、ああ済まない、と呻いた。
「説明を省略するのは私の悪い癖だな。──呪術における死者蘇生は、対象を蘇らせるために、他者の命を犠牲にするものだ」
『!?』
「もっとも…過去、何人もの呪術師が死者蘇生に挑んだらしいが、記録にある限りでは成功した事例は無い。最初は1人、次に10人、100人──…1000人を犠牲にした時点で、ようやく禁呪に指定されたそうだ」
一気に背中が冷えた。
──皇帝は、それを帝都で行おうとしている?
「私が調べた限り、既にその術式…いや、それに改良を加えた術式が、帝都全体を覆っている。恐らく皇帝は、帝都の住民全員を犠牲にするつもりだ」
「そんな…」
青くなるアベルたちの横で、リョウが目を細めた。
「──多分、それだけじゃない」
「え…?」
リョウはラファエロをじっと見詰める。
「…恐らく公国の──公都の人間も、巻き込まれる。そうでしょう?」
「……察しが良いな」
ラファエロの顔に苦いものが浮かんだ。
深く溜息をつき、頷く。
「瘴気を集める術を施した呪物は、使い方によっては遠隔で呪術を発動させる際の起点になる。公都にそれがあったということは、狙われているのは間違いないだろう」
見付かったものは可能な限り回収し、リョウが封印術を掛けたが、恐らくまだ市井には残っている。
それを利用されたら、公国も被害を免れない。
それに、と続ける。
「…昨日、公国に向けて帝国軍の8割が帝都を発った。恐らく、戦争になる。…その犠牲者の魂も、呪術に使われるだろうな」
「何だと…!?」
モーリスががたんと立ち上がった。
そんな情報、アベルたちは知らない。…いや、アベルたちがこちらに来てから動きがあったのか。
食糧や武器を集めるのは少しずつでも可能だ。もしかしたら、相当前から準備していたのかも知れない。
「すぐに公国へ連絡を──」
「あちらには既にクラウスが情報を伝えている。帝国軍が国境に到着するのは4日後、呪術を使って無理をさせても2日後だ。戦端を開くのにはまだ猶予がある」
2日後では公国軍の準備が間に合わない──そう思って不意に気付く。
ラファエロは、恐ろしく真剣な目をしていた。
「──この間に、我々が動く」
「レジスタンスが…?」
つまり、
「クーデター…ですか」
「そうだ。…もっとも、皇帝はそれすら利用するつもりかも知れんがな」
帝都全域に呪術が仕掛けられている以上、その中での不穏な動きを察知していないはずがない。
恐らく把握した上で野放しにしているのだろう、とラファエロは言う。
「皇帝は昔から優秀な男だったからか、他人の力を過小評価するきらいがある。何も出来るはずがないとな。…だからこそ、そこに隙が生まれる」
軍の大部分が出払っている今が、千載一遇のチャンス。
とはいえ、勝率が限りなく低いのはこの男も理解しているのだろう。ラファエロはこちらに意味深な視線を向けた。
「──もしよければ、だが…共同戦線と行かないか」
「…」
ここまで情報を開示しているのだから、そう来ることは分かっていた。
しかし、アベルたちにはそれに返答する権限が無い。
事は国家転覆だ。それに他国の人間として、どこまで関わって良いのか──
「──分かった」
「モーリス!?」
アベルが驚いて見遣ると、モーリスは腕組みしてフンと溜息をつく。
「クラウスが居るんだ。どうせとっくの昔に大公にも話を通してあるんだろ。悩むだけ無駄だ」
でなければ、ここに魔石ランプがあるわけがない。
指摘されて、アベルはハッとした。
魔石ランプは公国でごく最近開発された発明品だ。国外、特に帝国には流通していない。
そんな物がここにあるのは──公国と帝国レジスタンスが繋がっているからに他ならない。
クラウスは自分の身分を明かしてレジスタンスに所属していると言っていた。大公が知らない方がおかしい。
「ばれたか」
ラファエロが貴族らしからぬ顔で苦笑する。
「その通りだ。もっとも大公からは、『直接的な助力は期待するな』と釘をさされているがな」
「それは…」
「──どのみち、凪の一族の仲間に掛けられた傀儡の術を解くには、皇帝をどうにかする以外に方法は無い。…目的はともかく、やらなければならないことは我々と合致するだろう。違うか?」
にやりと笑う表情で理解した。彼はやはり、『政治家』なのだ。
「なに、行動を共にしろと言うわけではない。──城への侵入経路を教えよう。先行して城へ入り、奴を叩いて欲しい」
「…囮になれということですか?」
「囮と言うより、そちらが本命だな。我々は城の周辺で出来るだけ騒ぎを起こす。その後、正門から中に突入しよう。その時までに、出来るだけ城内の戦力を削いでいてくれると助かる」
軍の大部分が出払っているとはいえ、城の警備を疎かにするとは思えない。恐らく、傀儡の術で操られた兵士が相当数、詰めているだろう。
「我々の戦力にも限りがある。出来るだけ、犠牲は少なく収めたい」
ラファエロは正直に言った。
それはそうだ。自分と志を同じくする仲間と、他国の人間。優先するなら仲間に決まっている。
頭では理解出来ても、思うところはあるが。
「…一つ、聞かせてください」
リョウが静かに口を開いた。
「クーデターが成功したとして、貴方は自分で国主になるつもりですか?」
「──…痛いところを突く」
ラファエロは一瞬虚を突かれた顔をした後、ゆっくりと苦笑いを浮かべた。
小さく首を振り、
「…本来であれば、レジスタンスを率いる私が皇帝に成り代わるのが自然なのだろう。だが──私はあの男と同じ、呪術師の系譜だ。呪われた一族が、これからもこの国のトップに居続けるわけにはいかない」
「…」
「──と言って、代案があるわけではないのだがな」
ラファエロの眉間の皺に、深い苦悩が見えた気がした。
しかし実際、クーデターが成功しても、その後国のトップが定まらなければ混乱は必至。公国はともかく、武力で併合されてきたかつての国々が黙っているとは思えない。
「…いや、ただの世迷言だ。忘れてくれ」
ラファエロはそう言って表情を切り替えた。
「作戦決行は明後日の朝だ。まずはここの個室で身体を休めると良い。詳しい打ち合わせは夕食の後に行おう。──クラウス」
呼んだ途端、ドアがばたんと開いて、クラウスが飄々とした態度で入って来る。
「はいよっと。難しい話はおしまいで?」
一体いつから待機していたのか知らないが、その手には酒瓶が握られている。どうやら、『酔わない酒』が見付からなかったので廊下で待っていたらしい。変なところで律儀な男だ。
「ああ。──彼らを客室へ案内してやってくれ」
「あいよ」
クラウスに促されて部屋を出る直前、リョウが不意にラファエロを振り返った。
「少なくとも貴方は、呪われた一族なんかじゃないと思いますよ」
「?」
「他者を犠牲にするのを躊躇う人間は、呪術師にはなれないそうです。だけど──多分、人々を導く役割には向いているんじゃないですか」
「…!」
驚きに目を見張るラファエロの視線を遮るように、リョウはさっと扉を閉めた。




