45 出発準備(2)
「す、すごい…」
チェレステが呆然と呟いた。
試し斬り用の丸太を斬る剣士はそれほど珍しくないが、ここまで綺麗な切り口になるのは見たことがない。公国軍全体でも、居るかどうか。
「うおっ、何だこりゃ」
背後から声がした。
振り向くと、ベテラン隊員のカミロが入口から顔を覗かせている。
「こいつは……ああ、リョウか」
カタナを携えたリョウを見て、一瞬で納得する。
カミロはリョウが大公と初めて顔を合わせた時、ブラウと共に大公の護衛についていた。
だから本名も事情も知っているのは当然だし、その後何度かリョウと言葉を交わしているのも見たので不自然ではないのだが──当たり前の顔をされると何だかモヤッとする。
「カミロ、どうしたの?」
「ああ、ブラウと夜警を代われって言われたんでな。引き継ぎだ」
「あっ」
ブラウが今気付いたという顔をした。
「すまんカミロ、忘れてたわ」
「だと思ったぜ。場所はいつも通りか?」
「ああ。あと、鐘楼周りと──」
いくつかの場所を挙げて確認した後、カミロは頷く。
「了解した。──ああ、あと」
こちらへ視線を向け、
「お前ら、明日から遠征だろ。必要なものがあるなら今のうちに言えよ。特に兵糧な」
カミロは支援員で、備品の管理を担当している。元は戦闘員兼潜入工作員だったから、長期任務の必要物資にも詳しい。
「あ、じゃあそのへんは俺がやるっスよ。こっから目的地までどれくらい掛かるか分かるの、俺だけなんで」
チェレステが手を挙げた。
「ちなみにですけどリョウさん、あっちでの滞在日数はどれくらいを見積もってます?」
「…そんなに長くは掛からないと思う。長くて10日くらい」
その日数は恐らく、帝都までの往復時間も含んでいる。
「現地での食料調達は出来そうっスか? あ、街とか以外での話っス」
「動物と山菜はいくらでも。水は──井戸水はもしかしたら飲めないかも知れない」
井戸に毒を投げ込む例もある。チェレステは、じゃあ野営前提っスね、と頷いた。
その他いくつかの確認をした後、ところで、とカミロがリョウに話を振る。
「やたら切れ味が良いみたいだが、それ、何か曰くがあるモンか?」
視線がカタナに釘付けだ。
そういえば、カミロは特殊部隊では珍しい長剣使いだった。
武器への造詣も深いが、流石にカタナは珍しいのだろう。
リョウは曖昧に頷いた。
「故郷の刀鍛冶が打ったものだから、曰くつきなわけじゃないけど…造りは良いんだと思う」
「持ってみても良いか?」
「良いよ。…もしかしたら抜けないかも知れないけど」
ぼそり、不思議なことを言う。
リョウからカタナを受け取ったカミロは、少し驚いた顔をした。
「重いな」
言いつつも左手で眼前に捧げ持ち、右手で抜こうとして──そのまま数秒固まる。
「カミロ?」
「…いや、マジで抜けねぇんだが」
「は?」
リョウに許可を貰ってから、やってみろよ、とカタナを渡されたブラウが同じように抜こうとして、
「ぐぎぎぎ…」
明らかに鞘から抜く以上の力を込めているにも関わらず、カタナは全く抜ける様子がない。
ええ?と首を傾げたチェレステも、結果は同様だった。
「…ダメっスね。モーリスさん、やってみます?」
「俺はいい。どうせ抜けないだろ」
「じゃあ私が試してみるわ」
ニルダが横からカタナを掻っ攫った。
「全然重くないじゃない」
けろりとした顔で言い、見様見真似といった様子で柄に手を掛ける。
そして、
「あ、抜けた」
『はあ!?』
ちらり、刀身が姿を現した。
が、それも途中で止まる。
「これ以上は抜けないみたいね」
何か引っ掛かってる感じがするわ、と言うが、では全く抜けなかったカミロたちはどうしたというのか。
「アベル、あんたもやってみなさいよ」
ニルダにカタナを差し出され、恐る恐る受け取る。
先程カミロは重いと言っていたが、思ったより軽い。
重さがどうというより、重心のバランスが良いのだろう。
「…」
緊張しながらカタナを掲げ、カミロたちと同じように柄を持つ。
カタナは専門外だが、一応戦闘員としての訓練も受けているので刃物の扱いには慣れている。
しかし、これは他の武器とはどうも違う気がした。
おかしな話だが、『血が通っている』感じがするのだ。
そっと力を込めると──
「…抜けた、ね…?」
大した抵抗もなく、カタナはあっさりと全部抜けた。
えええ、とブラウが眉を寄せる。
「何だそりゃ。使い手を選ぶってことか?」
「かもね」
「そうだよ」
「え」
軽口を叩いたらリョウに頷かれた。
「得手不得手じゃなくて、武器と波長が合うか、みたいな感じ」
「波長…」
言われて改めてカタナを見る。
リョウが抜いた時とは、若干色が違う。
リョウの時は青く光を反射する黒銀だったが、今はつや消しの銀色。同じ武器だと言われても少々納得し難い。
あと、抜いたは良いが、何かを切るのには躊躇するような──そんな雰囲気がある。
「…持てはするけど、俺も『使い手』としては認められてないみたい」
カタナを鞘に収めてリョウに返す。
もう一度見たいとニルダにねだられ、リョウがカタナを抜いてみせる。
カミロが感嘆の溜息をついた。
「…全然違うな」
やはり、リョウが持つと雰囲気も見た目も全く違う。こんな武器は今まで見たことがない。
「どうなってんだ?」
「原理は分からないけど…」
カタナを鞘に収め、リョウが答える。
「このカタナは、鍛える時に世界樹の枝で作った炭を使ってる。材料の鉱石も特殊らしいから、そのせいかも」
世界樹の炭。
想像がつかないが、とりあえず普通の作り方ではないのは確かなようだ。
モーリスがぼそりと呟いた。
「…お前の故郷、まさかそんなんばっかりか?」
リョウが視線を彷徨わせた。
「…材料はちょっと違うけど、鍬も鎌も包丁も、基本的には同じ作り方をしてた気がする…」
ちなみに──使い手本人も正確には把握していないのだが。
リョウのカタナは、凪の一族が鍛えた武器の中でも非常に特殊な部類に入る。
世界樹の枝と葉を鉱石の精錬に使い、特殊な金属を独自の比率で混合、さらに比率の異なるそれらを重ね合わせて作られた複層の特殊鋼。
それを材料に、鍛冶師が魔素を込めながら鍛え上げたカタナは、使い手の魔素や魔力に反応する。
最初に使い手と定めた人間を基準に、一定以上の相性でないと抜くことすら出来ない。
つまりカタナを抜くことが出来たアベルは、リョウとの『一定以上の相性の良さ』を示したことになるのだが──
…幸か不幸か、本人たちがそれに気付くことはなかった。




