36 パレンシア家の夜会(3)
「本日はようこそいらっしゃいました」
「パレンシア伯爵令嬢」
派手な化粧と胸を強調するドレス。リョウとは真逆の華やかな美女だ。
アベルは一礼し、型通りにリョウを紹介する。
リョウが名乗ると、ご令嬢は華やかな笑みを浮かべた。
「ご丁寧な挨拶をありがとう存じます。私はアリアドナ・パレンシア。フェデリコ・パレンシア伯爵の娘ですわ。どうか、アリアドナとお呼びくださいな」
「ありがとう存じます、アリアドナ様」
リョウが言われた通り名前呼びすると、アリアドナは満足そうに笑った。
アリアドナはアベルに近付き、背後のガラス細工を視線で示す。
「先程からこちらを熱心に見ていらしたようですけれど、工芸品にご興味がおありですの?」
「ええ、素晴らしい細工ですね。魔石ランプの光に良く映えます」
アベルが頷くと、アリアドナは目を輝かせた。
ずいっと近寄って来る。
「分かってくださいます!? このガラス細工は、帝国の工芸品ですの。我が国と帝国はそれほど仲が良くありませんけれど、工芸品とそれを作る民に罪はありませんもの。美しいものを美しいと思えることは幸せなことですわ」
いや、その工芸品に大変罪深い工作が施されているわけだが。
思いはしたが、アベルは曖昧に笑う。
「本日の会場も見事ですね。これほどの数の魔石ランプを揃えられるのは、パレンシア伯爵家だからこそでしょう」
魔石ランプは、ごく最近、変人──もとい、技術者の集まる南の自治領で開発された最新の道具だ。
魔石を魔力が一定量ずつ流れるよう細工した台座に設置し、魔力や魔素に反応して光る『魔蛍石』という特殊な鉱石と繋ぐ。
光の大きさは流れる魔力の強さに比例し、明かりの持続時間は魔石が溜め込んだ魔力の総量に比例する。
魔石は、魔素が豊富な土地から鉱石のように産出するほか、魔物の体内から採れる場合もある。
魔蛍石はこの国ではありふれた鉱物だ。両方とも今までは活用方法が無く、無用の長物とされていた。
それを組み合わせることによって、とても便利な道具が生まれた。これは大変な革命だった。
魔石ランプは従来のランプと異なり、火種が不要で熱くもならない。光が揺らぐことも無い。
光源として非常に便利なので、既に城の明かりはほぼ全て魔石ランプに置き換わっている。
貴族たちもこぞって買い求めているが、生産が追い付いていないのが現状だ。
台座の細工に技術が要るのだという。
今日のこの会場の明かりは、全て魔石ランプだ。
パレンシア伯爵家は他国との商取引を熱心に行う家だから、国内の多くの商会とも繋がっている。
魔石ランプはその伝手を総動員して集めたのだろう。
アベルが称賛すると、アリアドナはさらに身を乗り出して来る。
「ええ! 父は流行に敏感ですから、逸早く魔石ランプの有用性に気付いていたのですわ」
その勢いに、アベルはちょっと身を引く。
しかしアリアドナはさらに距離を詰めて来た。アベルの腕に胸が当たる。
「アベル様、レイナ様。よろしければ、コレクションルームをご覧になりませんか?」
「コレクションルーム、ですか?」
「父が各国から集めた珍しい品を一堂に集めた部屋ですの。このガラス細工のような美しい工芸品や、珍しい品がたくさんありますのよ」
アリアドナが意味深に笑う。
視線に釣られてガラス細工を見上げ──違和感に気付いた。
先程と、ガラス細工の見える角度が違う。
(え?)
アベルが気付くのと、リョウが動くのは同時だった。
「アベル、アリアドナ様!」
「きゃっ──」
リョウがアリアドナの腕を掴んで強く引っ張り、自分と立ち位置を入れ替えるように引き寄せる。
直後、ガラス細工がこちらに向かって倒れて来た。
アリアドナを庇うように抱き締めるリョウとガラス細工の間に、アベルは咄嗟に身体を滑り込ませる。
──ガラスが割れる、激しい音が響いた。
「きゃあああ!?」
「なんだ!?」
「ガラスが…!」
周囲で悲鳴が上がる。
騒然となる中、リョウは冷静だった。
「アリアドナ様、ご無事ですか?」
「は、はい…」
リョウに肩を抱かれ、壁際に避難したアリアドナが呆然としながら頷く。幸い、怪我も衣装の破れも無さそうだ。
リョウはホッとしたように息をつき、アベルを見た。
「アベル、大丈夫?」
「ああ、俺は大丈夫。…けど…」
アベル自身は、多少ガラス片が当たりはしたが、全て布越しだったので何の被害も無い。けれど。
アベルは内心で歯噛みする。
リョウの右肩、丁度露出している部分に、薄っすらと赤い線が走っていた。
アリアドナを庇った時に、飛んで来たガラスの破片が掠めたのだろう。
アベルの視線に気付いたリョウが、それを見て苦笑する。
「これくらい、大したことないよ」
アリアドナが顔を上げ、リョウの肩を見て顔色を変えた。
「レイナ様、お怪我を…!」
真っ青になって立ち上がろうとし、へたりとその場にしゃがみ掛ける。
リョウがそれをさっと支えた。
「アリアドナ様、無理をなさらないでください。かなりショックだったはずです」
「で、ですが…」
至近距離で巨大なガラス細工が粉々になったのだ。育ちの良いご令嬢にはきついだろう。
青い顔のメイドと執事が駆け寄って来た。
「お嬢様、お客様がた! ご無事ですか!?」
「私は大丈夫です。レイナ様が肩に怪我をしておいでです。控えの間にマリアナを呼んでください」
「し、承知しました!」
リョウの腕に縋りながら、アリアドナが気丈な声で指示を出す。
執事が足早に会場を後にし、メイドがアリアドナの肩を抱く。
「お嬢様、立てますか?」
「ええ…」
頷きながらも、足に力が入っていない。
リョウがアベルを見上げた。
「アベル、お願いできる?」
「そうだね。──パレンシア伯爵令嬢、失礼」
「えっ…──!?」
アベルはひょいとアリアドナを横抱きに抱え上げた。
どよめきが広がり、女性陣の黄色い悲鳴が上がる。
リョウに頼まれたからやったのだ。アベルは動揺も照れも無く、メイドに声を掛ける。
「控えの間はどちらですか?」
「ご、ご案内いたします!」
メイドに続いて広間を出ると、後ろからニルダとブラウが駆け寄って来た。
「アベル、リ──レイナ!」
「何があった?」
「落ち着いてから話すよ。ついて来て。──パレンシア伯爵令嬢、よろしいですか?」
「は、はい。勿論ですわ」
アベルが問い掛けると、アリアドナは青白い顔で頷いた。




