30 城下町デート(3)
クロエが一時退出し、リョウが肩の力を抜いた。
「やっぱり緊張する?」
「…少し」
貴族の作法はまだ付け焼刃だし、賓客としての扱いを受けたことも無いだろう。夜会前に良い予行練習が出来たと思うべきか。
渡されたカタログを、リョウが丁寧な所作で開く。
中の絵は全てカラーで、見るからに高級そうなアクセサリーがたくさん載っていた。
アベルからすると夜会で見たことのあるようなデザインが多かったが、リョウには眩しすぎたらしい。
ページをめくっていくと現れたシンプルなペンダントトップのページに、あからさまにホッとしていた。
「こういうのが好き?」
「…というか、他のページがきらびやか過ぎて…」
イラストでこれでは、いざ夜会に出たらどうなるか、先が少々思いやられる。
「一応、慣れておいた方が良いよ。夜会だと、ご令嬢も御婦人も、みんな大体派手な宝飾品を着けてるから」
「えっ」
オーレリアから借りるやつはかなりシンプルな部類に入るのだと説明したら、リョウは数秒固まった後、カタログの前半のページを見直し始めた。
しばらくして、クロエが木箱を手に戻って来る。
「お待たせしました」
テーブルの上にそっと置かれた木箱の蓋を、クロエが音も無く開ける。
そこには、合計10ペアのイヤリングが並べられていた。
金色の台座のものと銀色の台座のもの、それぞれ5ペアずつ。
全てデザインが異なり、大きさも様々だ。
使われている石は透明感のあるものから乳白色のものまであるが、全てムーンストーンだという。
「ムーンストーンは色合いや透明感に幅がある石なので、同じデザインでも石によってかなり印象が変わります。例えば、この石を使って、こちらのデザインでお作りする事も出来ますよ」
クロエが例を挙げながら説明してくれる。
しかし、思ったより候補が多い。デザインも、ムーンストーン自体が大きく台座がシンプルなもの、鎖でぶら下がっているもの、花のモチーフのもの、幾何学模様の地金に石が象嵌されているものなど、本当に様々だ。
隣を見ると、リョウがイヤリングを凝視して固まっている。
イラストで見るのと実物では衝撃度が違うのだろう。
オーレリアから借りるブローチと腕輪はこれよりさらに大きくて凝っているのだが、色々と大丈夫だろうか。
「是非、手に取ってご覧ください」
クロエに促され、白い手袋を嵌めたリョウが恐る恐る右上のイヤリングを手に取る。
耳に着ける部分にムーンストーンが一つ、そこから繊細な金環が二重にぶら下がるイヤリング。
「試着してみますか? 留め具にもいくつか種類がありまして、着用感がそれぞれ違うんです」
「…じゃあ、お願いします」
「はい。失礼しますね」
リョウからイヤリングを受け取り、クロエが慣れた手つきでリョウの耳にイヤリングを装着する。
「これが、一番一般的な留め具になります。耳の裏側からネジを回して耳たぶを挟む形ですね。このようにぶら下がるパーツがあると、留め具が適度に隠れて自然に見えます」
リョウが微妙な顔をしている。多分、耳たぶを挟まれている感覚が落ち着かないのだろう。
「リョウ、どんな感じ?」
「…ちょっと痛い…」
「あ、申し訳ありません。少しきつかったでしょうか?」
クロエが慌てて微調整する。
ネジ式だと、調整が難しいようだ。
次に着けたのは、バラの花のモチーフのイヤリング。
バラの花弁に雫のようなムーンストーンが象嵌されている。
「こちらはクリップ式です。着脱が簡単で、取れにくいのが特徴ですね。ただ、強めに挟むので──」
「……痛いです…」
「ですよね…」
クロエが素早く外してくれる。留め具一つとっても難しい。
クリップ式はかなり強く留めるらしい。
「そんなに痛いの?」
アベルは耳飾りを着けないので、イヤリングのこともよく知らない。
首を傾げたら、クロエが笑顔になった。
「よろしければ、アベル様もご試着なさいませんか?」
「え?」
「こちらのイヤリングは全て男性にも着けていただけるデザインですし、女性がどのような感覚で着用しているのか、一度経験なさる男性のお客様も多いですよ」
それに、と、クロエはそっとリョウを見遣った後、アベルに視線を向ける。
思わせ振りな顔で、
「…ご着用できるようでしたら、お揃いのイヤリングを着けて夜会に出る…なんてことも可能かと」
「お願いします」
気が付いたら全力で申し出ていた。
見事に営業トークに嵌った気がするが、後悔はしていない。
クロエがとても楽しそうに、先程リョウが試着したイヤリングをアベルの耳に着ける。
こそばゆい感覚に背中がむずむずしたのは数秒で、クロエの手が離れた途端、敬語が吹っ飛んだ。
「…え、これものすごく痛いんだけど…!?」
「クリップ式の中でもかなり強い留め具を使っていますので…」
「無理! これは無理!」
クロエが苦笑しながらイヤリングを外してくれる。
涙目になったアベルは、ゾッとしながらイヤリングを見遣った。
「…これを着けて笑顔で夜会に出るご令嬢って一体…」
「耳たぶが薄い方でしたら、それほど違和感なく着けていただけますよ。後は主にお洒落への執ね──情熱と、我慢強さの問題でしょうか」
今、執念と言わなかったか。
こんなものを着け続けていたら、耳たぶが鬱血しそうなものだが…執念、もとい情熱とは恐ろしい。
「…これは俺──私も、無理ですね…」
再び言葉を整え、首を横に振る。リョウと目が合い、深々と頷いた。妙な共感が生まれた気がする。
「では、こちらは如何でしょう」
クロエが別のイヤリングを手に取った。
アベルには楕円形のムーンストーンが一つついただけのシンプルなもの、リョウには幾何学模様の地金に石が一つ象嵌されたデザインのものを差し出す。
「この留め具は当店でも最近取り扱いを始めたもので、基本はクリップタイプですが、従来のものよりかなり締め付けが弱くなっています」
お着けしますね、とクロエが素早くそれぞれに装着する。
耳たぶを摘ままれているような感覚はあるが、確かに先程とは全く違った。
「痛くない…ですね」
リョウが自分の耳に触れて、少し驚いた声で呟く。
クロエが笑顔で頷いた。
「はい。従来の物より締め付けが弱い代わりに、耳に当たる部分に滑り止めを兼ねたクッション材が入っておりまして、締め付け感の軽減と外れにくさを両立させています」
そのため、従来の物より少しだけサイズが大きいらしい。
しかしそれは石や装飾で上手く隠れているし、サイズが大きい分、耳に当たる面積も大きくなって痛みの軽減にも一役買っている。
これなら、アベルも着けていられそうだ。
「リョ──レイナ、どう?」
「これなら良いかも…」
訊くと、リョウも安心したように頷いた。
「では、あとはデザインですね。この中でお好みのものはございますか?」
「あ…すみません、言い忘れていたんですが、参加を予定している夜会は3日後でして…」
既に完成品になっているものでないと、当日に間に合わないのではないだろうか。
そう思ってアベルが言うと、クロエは余裕の笑みを浮かべた。
「ご安心ください。ここにあるものでしたら、そのままパーツの付け替え加工が可能です。少しお時間はいただきますが、本日の夕方にはお渡しできますよ」
流石はプロ、仕事の速さが違った。
その後2人は悩みに悩み、クロエのアドバイスを聞きながらそれぞれのイヤリングを選んだ。
リョウは長さの違う3本の鎖の先にムーンストーンがついた、ドロップタイプの動きのあるデザインのもの。
アベルはリョウが選んだものと同じ原石から削り出したという四角いムーンストーンの、シンプルな一つ石のイヤリング。
夕方に受け取りに来ると約束し支払いを済ませた頃には、既に昼食の時間になっていた。
「それでは、よろしくお願いします」
「はい、お任せください!」
笑顔のクロエに見送られ、アベルとリョウは店を出る。
ドアが閉まった後、クロエが大きくガッツポーズをしていたことを、2人は知らない。




