29 Interlude【クロエ視点】珍しいお客様
宝飾品店の副店長とは、端的に言えば上と下の板挟みの立場である。
上からは売り上げに関してネチネチと文句を言われ、下からは激務に対する不満をぶつけられる。
女性店員の出世頭として羨望の目で見られる事も多いが、そんな目で見るくらいなら代わって欲しいものだ。自分の胃に穴が開く前に。
立場上、貴族や豪商とのやり取りも多い。地位も金もある客が求める商品は、相応にお値段も高い。
ジャラジャラと無駄に派手なネックレスよりシンプルですっきりとしたペンダントが好きな身としては、お値段の桁が違う商品を扱うだけでも神経が張り詰めるし、相手の話に合わせるのも一苦労だ。
──それでもこの仕事を続けているのは、宝石や宝飾品が好きだから。
そして、選びに選び抜いた商品を手に取るお客様の笑顔が見たいから。
「いらっしゃいませ」
チリンと涼やかな音色と共に扉が開き、宝飾品店『月の雫』の副店長、クロエは、整った笑みを浮かべて一礼した。
入って来たお客は2人。そのうち一人に、視線が吸い寄せられる。
(うわ…)
街を歩けば誰もが振り返るような美丈夫だった。
艶めく髪に、切れ長ながらどこか甘さを感じさせる目元。背はすらりと高く、黒を基調としたシンプルな装いがとてもよく似合っている。
頬が勝手に熱くなっていく。
とんでもない目の保養だ。
(…ダメダメ、今は業務中)
意識を切り替えようと、その半歩後ろに続いて来た人影の方へ無理矢理視線を向ける。
枯草色の髪に夕焼け色の瞳の女性。
それほど珍しい色合いではないが、姿勢の良さと涼やかな雰囲気が目を惹く。
深いブルーのロングスカートに水色のニット、同色のジャケットに、美丈夫の目と同じ色の色石を使ったペンダントと髪飾り。
ほんのりと微笑を浮かべてはいるが、緊張しているのが見て取れた。
エスコートしている美丈夫が、しきりに彼女のことを気にしている。
(これはこれは…)
嫉妬とか羨望とかが湧き上がる前に、何だか微笑ましい気分になってしまった。
これはアレだ。初々しいカップルを見守るおばちゃんの気持ちだ。
まだおばちゃんって歳でもないけど。
「本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
他の客やうちの店員まで、このカップルに注目している。そのせいで余計に女性が緊張してしまっている。
これは理由をつけて早々に個室に通した方が良いだろうか──そう思っていたら、美丈夫が渡りに船な発言をした。
「社交界デビューする女性が、夜会に身に着けて行けるイヤリングを探しています」
その視線は、エスコートしている女性に向いている。
なるほど、彼女が社交界デビューすると。
美青年の話によると、ドレスは決まっているらしい。
それならば話は早い。クロエは個別対応用の部屋に2人を案内する。
周囲からの視線が無くなったのに、女性はさらにガチガチになっている。
社交界デビューというが、普通の貴族の社交界デビューにしては少々年齢が上だ。
多分生粋の貴族ではなく、平民出身。所作が上品なのは、努力の賜物だろう。
緊張しているのは、この部屋の造りが貴族向けだからだろうか。身分に関係無くご案内していると説明したら、明らかにホッとしていた。
「改めまして、本日はご来店ありがとうございます。『月の雫』副店長のクロエと申します。精一杯務めて参りますので、よろしくお願いいたします」
出来るだけ柔らかく笑顔を浮かべると、2人も笑顔で応じてくれる。
「俺──私はアベル・イグナシオ、こちらはレイナ・サリアスです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、クロエさん」
レイナはまだ少し緊張気味だろうか。聞けば、このような店に入るのは初めてだという。
「宝飾品とは縁遠い生活だったので…」
「そうなのですね。失礼ですが、ご職業は…?」
「私もレイナも、公国軍に所属しています」
「軍の方でしたか」
それならば、宝飾品に縁の無い生活でもおかしくない。
そしてようやく気付いた。この美丈夫、特殊部隊の有名人だ。
数年前に男爵位を賜ってから、言い寄る貴族女性は数知れず。
道を歩けば無差別に一目惚れされる、『歩く媚薬』。
ついでに、言い寄った女性を誰一人受け入れることなく袖にして、一部の男性からは酷いやっかみを受けているとか。
クロエは平民だが、貴族も利用する宝飾品店の副店長という立場上、その手の噂はよく聞いている。
こうして面と向かうと、なるほど、やたら一目惚れされるのも納得の顔だ。
…レイナを気遣う態度からは、そんな噂の欠片も感じられないけれど。
「──社交界デビュー、というお話でしたが、レイナ様が、ということでよろしいでしょうか」
「はい、そうです」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「…パートナーはアベル様ですか?」
「はい」
仕事に意識を切り替え、メモを取りながら質問を重ねる。
答えるのは主にアベルで、レイナは時折頷いたり補足したりという程度。場慣れしていないせいもあるのだろう。
「ドレスのデザインですが…」
「ええと…すみません、紙とペンをお借りしても?」
「はい、こちらをどうぞ」
クロエはすぐさまスケッチブックとペンを出した。オーダーメイドアクセサリーのデザインを詰める時に使うので、この部屋には何セットか常備されている。
アベルは早速スケッチブックを広げ、さらさらとドレスのデザインを走り描きした。
──それが、滅茶苦茶上手い。
(うっそ…)
アベルは軍人だ。
そのはずなのに、正面からと背中側から、両面のデザインをさらっと描いて行く。
さらに、歩くと左右のスリットからプリーツスカートが見えるという注釈まで描き加えられた。
隣のレイナも目を見張っている。初めて見たらしい。
「──大体こんな感じです」
「…お上手ですね…」
思わず正直に呟いたら、アベルは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「職業柄、『見たものをそのまま描く』技能も必要でして。──ああそうそう、宝飾品ですが、ブローチと腕輪はこちらで用意がありまして…」
次のページにブローチと腕輪が描かれる。
ブローチは、本体と鎖それぞれを別個に留める、タイタックに近いデザイン。ケープ部分の正面に着けるそうだ。
腕輪は細身の環をクロスさせたような形で、所々に装飾が入っている。
絵が上手い──というのは置いておいて、どちらも比較的シンプルなデザインだ。ワインレッドだというドレスのデザインと通じるものがあるので、恐らくドレスに合わせて作ったものだろう。
「こちらのブローチに使われている宝石の種類はご存知ですか?」
「確か、ムーンストーンだったと思います」
石について聞いても、やはりアベルが答える。
社交界デビューともなれば、本人が気合いを入れて準備する場合が多いのだが…レイナはそういうわけではないらしい。表情は整えているが、むしろ今の状況に戸惑っているように見受けられる。
それにしてもムーンストーンとは、なかなか尖った選択だ。
普通、社交界デビューの時は真珠やダイヤモンド、水晶など、白か無色の宝石を身に着けることが多い。
ムーンストーンはベースの色こそ白だが、角度によって淡いブルーの光を反射するとても印象的な石だ。
別名は『恋人たちの石』。
宝石としての格はそれほど高くないが、パートナーが居ることを明確に示すという意味ではこれ以上無い石である。
「アベル様の装いに、ムーンストーンは使われておりますでしょうか?」
「タイの留め具の中央に、こんな形で──」
アベルが男性の衣装と留め具の詳細をさらさらと描く。裏地にドレスと同じ色が使われた準正装──こちらも明らかにペアで着る事を前提にした作りだ。
これは、イヤリングも相当吟味する必要がある。
「イヤリングについて、何かご希望はございますか?」
「希望、ですか?」
問い掛けると、レイナは首を傾げた。宝飾品に縁が無かったという話だから、希望と言われてもピンと来ないだろうか。
「例えば、派手なのが良いとか、シンプルな方が好きとか、あとは…目にすると心が和むものなどを教えていただけますか? それを参考にして、候補を選定しますので」
そう説明すると、レイナは少し考えた後、首を傾げながら答えた。
「…派手なのよりも、こういうシンプルなものが好きです。見ていて心が和むのは…植物や鳥や動物、あとは武器…でしょうか」
胸元に下げられた革紐のペンダントにそっと手を添えている。
最後、何か変な単語が聞こえた気がしたが…軍人なのでそういうものなのだろう、きっと。
承知しました、と一礼し、クロエは立ち上がった。
「候補を選定して参りますので、少々お待ちください。──こちらは当店のカタログになります。よろしければ、ご覧になっていてください」
「ありがとうございます」
待つだけというのも手持ち無沙汰だろう。店自慢のカタログを差し出すと、レイナが笑顔で受け取ってくれた。
静かに部屋の扉を閉め、廊下に出ると、クロエは思い切り深呼吸して気合いを入れ直す。
「…久しぶりの『シンプル』希望のお客様、絶対満足させてみせるわ…!」




