27 城下町デート(1)
────────────────────────────
恋心とは、いつの間にか育っているものだ。
『朴念仁』と言われた私は、それを自覚するのがとにかく遅く、しかも自覚した時には既に引き返せない状態になっていた。
…幼馴染というのも、良し悪しである。
────────────────────────────
リョウとニルダと共に少しだけ遅い朝食を摂り、今日の予定を確認する。
「今日いっぱい、貴族教育はお休みなんだけど…リョウ、何かやりたい事ってある?」
「やりたいこと…?」
リョウが難しい顔をする。今までみっちり予定が入っていたから、いざ自分の意思で何かして良いとなっても咄嗟には思い浮かばないのだろう。
「ねえ、そしたら街に出たら良いんじゃない?」
ニルダが提案してくれた。
確かに、良い機会かも知れない。
「そうだね。リョウ、どうかな?」
「街って、ここの外?」
「そうそう、城下町ね。お店も多いし、賑わってるわよ。気分転換に良いんじゃないかしら」
考えてみれば、リョウは意識を失ったまま牢屋に運び込まれ、その後軍の病院、そしてこの特殊部隊専用区画に来たわけで、一度も街に出ていない。
リョウが躊躇いを見せたので、アベルも言葉を添えた。
「思うところはあるだろうけど、ずっと気を張ってても消耗するだけだからさ。今日はお休み。一緒に行こう」
半ば強引に誘うと、リョウはようやく頷いた。
なお提案したニルダ本人は、午後から仕事に戻るから同行しないと後出ししてきた。
確信犯の笑みだった。
身支度をするために一旦自室に戻る。
クローゼットを開けて、はたと気付いた。
(…俺、一般的なデート用の服、持ってない…!?)
デート、と考えたのは先程ニルダが『初デートは二人きりじゃないとねー』とかニヤニヤしながら言っていたせいである。
慌てて思考を振り払い、いや別に街に出るだけだし、と軌道修正する。
しかし、私服が例の1着しかないリョウは満面の笑みを浮かべたニルダに連行されて行った。ニルダに『それっぽい』格好をさせられるのは目に見えている。
隣を歩く自分が、部屋着のようなラフな格好をするわけにはいかない。
とはいえ──目の前に掛かっている服は、夜会用の正装に、軍の式典用正装、普通の制服、訓練着、休日用の部屋着。
悲しいかな、外出できるような私服が殆ど無い。
どうしてこうなった、と頭を抱えていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「ようアベル! 楽しいことしてるって聞いたんで手伝いに来たぜー」
「ブラウ良いところに!」
「お、おう…?」
陽気に手を挙げて入って来た幼馴染に喰い気味に視線を向けたら、ブラウの顔が若干引き攣った。
が、気にせずクローゼットを全開にする。
「ほらこれ。出掛けるのに丁度良い服が無くてさ…」
「あー、だろうな」
ブラウが訳知り顔で頷く。
「お前休みの日は部屋でゴロゴロしてるか鍛錬してるかの2択だもんな。街なんか任務以外で行かないだろ」
「言われてみれば…」
「言われる前に気付けよ」
なかなかに厳しい突っ込みが入る。
しかし今アベルが欲しいのは、突っ込みではなく解決策だ。
あーそうだな、とブラウがクローゼットを漁る。
「まず下は普通のスラックスで…ってスラックスがねぇじゃねぇか」
「うん」
「『うん』じゃねぇよ」
普段着が部屋着しかない時点でお察しである。
「しょうがねぇな。下は夜会用の中で一番無難なやつで誤魔化して…」
光沢感のない、黒いパンツを引っ張り出す。
次にブラウが取り出したのは訓練着用の黒いハイネック。
「で、ジャケット──つーかパーカーは俺のを貸してやる。丁度良いの無いしな」
「ありがとう」
もはや頭を下げるしかない。
貸し一つなとニヤリと笑ったブラウは、こちらの肩に腕を回し、で?と訊いて来る。
「実際どうなんだよリョウとは。ちょっとは進展したのか?」
「しんて……はあ!?」
声が裏返った。
咄嗟に否定しようとするが、ブラウは首を横に振る。
「みなまで言うな。分かってるって。お前、こういうことには本っ当に初心だもんな。何でお前モテるんだろうな」
「どさくさに紛れて失礼なこと言わないでくれるかな。あと、リョウとはそういうんじゃない」
「そういうってどういうのだ?」
「だから、恋とか愛とかそういう…」
「ほっほーう」
ブラウがにやりと笑った。
「恋とか愛とかなあ。俺は『同僚として仲良くなったか』って意味で聞いたんだがなあ」
「んな!?」
嵌められた。
アベルが愕然と目を見開くと、ブラウはとても楽しそうに訳知り顔で頷く。
「そーかそーか、恋とか愛とかなあ。とうとうアベルもそっちに目覚めたか」
「いや、ちが」
「何だよ照れるなよ。お前の初恋が『帝国の命の恩人』だってのはみんな知ってんだぜ。面白おかしく──もとい、温かく見守ろうって同盟も結成されたしな」
「いや何それ!? みんな暇なの!?」
「忙しいからこそ娯楽ゴホンゲフン、楽しい観察対象が必要なんじゃねーか」
「わざと言い間違えてるでしょ!? あと最後のは言い換えになってない!」
アベルは必死に突っ込むが、ブラウはゲラゲラと笑い続ける。
がくがくとブラウを揺さぶり続けるうち、自分が口にした言葉が頭に染み込んで来て、アベルはとうとう頭を抱えて蹲った。
「お? どした?」
「………気付きたくなかった」
「何だそりゃ」
「よりによってこのタイミングで、しかもブラウに気付かされるとか…最悪」
「お前も大概失礼だよな」
「あああああ、もう! どんな顔してリョウに会えば良いの!」
があっと叫ぶ。
──そうだとも。自分はリョウのことが好きだ。
リョウの立場を考えると不謹慎過ぎるが、事実は事実。
だからこそ、今まで深く考えないようにしていたのに…。
恨めしくブラウを見上げると、余計な事をした当人は肩を竦めた。
「何だよ。自覚したなら後はお前の問題だろ。自分でどうにかするしかないよな?」
「……どうにかできる状況じゃないから困ってるんだけど」
「じゃあ知らない振りしてろよ。外面整えるのは得意だろー」
「他人事だと思って…」
簡単に言ってくれるが、それが出来れば苦労はしない。
当然ながら、ブラウはそんなアベルの内心に共感してくれず、
「…お前実は、結構ヘタレだよなあ」
「ヘタっ…」
しみじみ言われて絶句する。そんなこと今まで言われたことがない。
「ヘタレ……」
床に崩れ落ちたら、流石にブラウが焦りだした。
「あー、悪かったよ。スマン。これからリョウと街に出るんだろ? そんな辛気臭い顔するなって! なっ?」
頭をガシガシと搔き、
「お詫びに良い事教えてやる。オーレリア様がリョウの夜会のドレスに合わせる宝飾品を貸してくれるだろ? けど、足りないのがあるんだよ」
「足りない?」
「耳飾り。オーレリア様はピアスだからな。リョウ、ピアス穴開けてないだろ? オーレリア様のやつは使えないはずだ」
「それのどこが良い事なのさ」
アベルが首を傾げると、バッカお前、とブラウが目を見開いた。
「お前が、リョウに、アクセサリーを贈るチャンスだろうが! オーレリア様が貸してくれる宝飾品は見たんだろ? それに合わせて、お前を連想するようなイヤリングの一つでも贈れっての!」
「イヤリングなんて無くても良いんじゃ」
「良いわけあるか! …あ、お前さてはちゃんと覚えてないな!?」
ブラウが目を吊り上げる。
「良いか、夜会で女性陣が身に着けるアクセサリーには意味があるんだよ」
貴族女性が夜会に参加する場合、ネックレスかブローチ、指輪か腕輪、そしてピアスかイヤリング、その3点を身に着けるという決まりがある。
パートナーが居る場合は、お互いを連想するようなものか、揃いのアクセサリーを身に着けるのが定石だ。大抵は、パートナーが女性にアクセサリーを贈る。
「え、何その面倒なの」
「決まりは決まりだ。今は呑み込め」
大事なのはここからだ、とブラウが言う。
「この3点を揃えないで、例えば耳飾りだけ省略した場合は、『お相手募集中、ただし一夜の関係希望』って意味になる」
「………はあ!?」
声が裏返った。
意味が分からない。
「ちなみに指輪か腕輪を省略したら『結婚相手募集中、恋人から始めましょう』、ネックレスかブローチを省略したら『入り婿募集中、本気です』だ。…で、今用意が無いのは耳飾りだったな?」
「…」
「大丈夫、だと、思うか?」
「………大丈夫じゃない…」
アベルは顔を引きつらせて呻いた。
リョウが『一夜限りの相手募集』など、冗談ではない。知らなかったで済まされないのが貴族社会だ。とんでもないことになるところだった。
だが、
「俺がイヤリングを贈るなんて…良いの?」
貴族社会において、アクセサリーを贈るという行為はかなり重い。基本的に、両親や祖父母、あるいは恋人、婚約者くらいしか許されない。
それなのに、『恋人役』に過ぎないアベルがリョウに贈って良いのだろうか。
「良いも悪いもないだろ。大体お前、公国にあいつが居ること自体が奇跡だろうが。さっさと動かねぇと、他の奴らに横から掻っ攫われるぞ」
「他の奴らって」
「リョウに目をつけてる奴は結構居るんだよ…。特殊部隊員だったらまだ何とかなるけどな、これで何の対策もなく夜会に出てみろ。貴族の男どもが群がるのは目に見えてるだろうが」
そんなこと考えたことも無かった。
そう呟いたら、これだからモテ男は、とブラウが半眼になった。
「いいか、俺は教えたからな。後は自分で何とかしろよ!」




