25 強制休息(2)
隊長への報告と書類仕事を終えてリョウの部屋に戻ると、ニルダはベッドの隣で本を読んでいた。
「あ、アベル。早かったわね」
「まあね」
書類仕事は必要最低限だけ済ませて、残りはブラウに任せて来た。
というか、全く集中出来なくて書類1枚につき2ヶ所ほど間違えるのを3回繰り返したら『お前使えないから昼飯食べてさっさと戻れ』とブラウとカミロに追い出された。
理不尽だが正直有り難いと思ったのは秘密だ。
「お昼は食べた?」
「一応」
ブラウたちに言われなければ昼食抜きで戻って来るところだったとは言わない。
じゃあ、とニルダは立ち上がった。
「今のところ、リョウもよく寝てるわ。私も仕事に戻るけど、午後に一回、見に来るから。必要な物があったらその時に言って」
「分かった。ありがとう」
ニルダを見送って、ベッド脇の椅子に座る。
「…」
リョウは静かに眠っている。仰向けのまま、寝返りも打っていないようだ。
顔は蒼白で、目の下のクマも濃い。眠っているとそれがよく分かる。明らかに病人の顔色だ。
胸がゆっくり上下するのをじっと見守る。こんなに近くで他人の寝顔を見るのは初めてかも知れない。
(寒いかな…)
今日は少し冷える。ニルダが肌掛けを一枚追加してくれたようだが、ちゃんとした羽毛布団の方が良いか──そう考えていると、リョウがもぞりと動いた。
「…ん…」
横向きになり、顔を毛布に隠すように背中を丸める。
「…寒いならちゃんと布団掛けなよ…」
顔は隠したのに、右手がはみ出ている。その手に触れると、また『繋がった』感覚があった。
(あ)
どくん、と心臓が跳ねる。またリョウの鼓動と同期したらしい。寝ているにしては、心拍が速いが。
(…確か、こっちの鼓動と同期させることも出来るんだっけ…?)
む、と意識してリョウの手を両手で包むと、数秒後に心拍が穏やかになった。
どうやら成功したらしい。
満足してリョウを見て──手が離せないことに気付いた。
「…」
リョウがこちらの手を握り返している。
それだけならまだしも、布団の中に潜ったはずの顔が、手のすぐ近くにあった。
寝息が手にかかり、アベルの顔にぶわっと熱が集まる。
(…え、これどうしたら…!?)
動くに動けない。
いや、振り解けばいいのだが、何故かアベルにはそれが出来そうになかった。
──そのまま固まること数時間。
「…あんた何やってんの?」
午後にやって来たニルダに、アベルは困り果てた顔を向けた。
「ニルダ、助けて…」
「助けるって」
「手を離せなくて…」
「じゃあそのまま繋いでなさいよ、夕飯は持って来てあげるから」
ニルダがぞんざいな態度で言い放った。こちらは真面目に困っているのだが。
「…トイレ行きたい…」
「…あんたどれだけ我慢してるのよ…」
ニルダが近付いて来て、リョウの手をそっと解いてくれる。
アベルが素早く手を引き抜くと、リョウはニルダの手を握り込んだ。
ニルダが納得の表情を浮かべる。
「あー…なるほど。これは離せないわ」
そのままストンと椅子に座る。
助かった。助かったのだが、何となく釈然としない。
(誰でも良いのか──いやそうじゃなくて)
思考を無理矢理戻す。自分はトイレに行きたいのだ。
用を足して、ついでに一度自室に戻り、毛布を持って来る。
『様子を見ておけ』と言われたので、今日はリョウの部屋に泊まるつもりだ。ベッドに空きはないので、毛布に包まって床で寝れば良いだろう。幸いにも、リョウの部屋は絨毯敷きだった。
「戻ったよ」
ドアを開けた途端、ニルダにすごい顔で睨まれた。
「アベル、交代」
「え」
「いいから早く!」
言われるままに手を差し出したら、リョウの手はニルダの手をするりと開放し、迷わずアベルの手を取った。
ぎゅ、と握り締めて、リョウの寝顔がほんの少し緩む。
(…え、どういうこと?)
先程アベルはニルダに解いてもらわないと解放されなかったのに、ニルダはあっさり解放された。
ふう、とニルダが安堵の溜息をつく。
「危なかったわ。リョウ、うなされそうになってたのよ」
「え?」
今はそんな兆候は欠片も無いが、そういえばアベルの手を握る前、若干険しい顔をしていた気がする。
「私でも多少は良いみたいだけど、長時間はダメみたいね。──というわけでアベル、夜の見張りは任せたから」
「ねえ、何でそんな楽しそうなの」
「気のせいじゃないかしら?」
最初からそのつもりだったから、自分がこの部屋に泊まるのは構わない。が、その顔は何だ。
何故ニヤニヤ笑っているのだ。
(…でも)
今の反応を見るに、リョウは『誰でも良い』わけではなかったらしい。
明らかにアベルの手を優先していた。それが、何だか嬉しい。
ニルダが出て行くと、アベルは椅子に座り、そっとリョウの手を握り返してみた。
「…」
表情に変化は無かったが、顔がさらに手に近付く。懐くというか、縋るような仕草だ。
もう片方の手で軽く髪を梳いてみると、少しだけ肩の力が抜けたようだった。
可愛いな、と思っていると、
「失礼するわよー」
出て行ったはずのニルダが戻って来た。
アベルは慌ててリョウの頭を撫でていた手を引っ込め、仏頂面を作る。
振り向いて、やたらデカい荷物に目を見張った。
「…ニルダ、なにそれ」
「簡易ベッド」
倉庫から引っ張り出して来たのよ感謝しなさい、と、ニルダが胸を張る。
なおここまで運び上げるのには同僚たちが手を貸してくれたそうだ。
「リョウを見たいって言ってる馬鹿も居たけど追い払ってたわ。モーリスが」
「モーリスが?」
「首根っこ掴んで引き摺ってったわね」
まさかモーリスが協力してくれるとは。
いや、奴は衛生兵だし、最初にリョウの異変に気付いた人間だし、殴ってしまった事に責任を感じていたようだから、何もおかしなことではないか。
意外と良い奴なのかも知れない。
アベルがこっそりモーリスを見直していると、ニルダはアベルの後ろに簡易ベッドを設置し、その上に毛布を載せた。
「手を繋いでた方が安心するみたいだから、横にこのベッドくっ付けて寝れば良いわ。ま、同じベッドに入って添い寝するのも止めやしないけど」
「いやそこは止めようよ。常識的に」
普通に考えて恋人同士でもない男女が同衾するのはいただけないし、そもそも同じ部屋で寝ること自体が大分アレだと思うのだが、ニルダはあっさりと肩を竦めた。
「何言ってるのよ、今は緊急時みたいなもんでしょ。リョウの安眠が最優先。よろしい?」
「ハイ」
…どうやら、自分の理性が試されているようだ。
アベルはそっと遠い目になった。




