24 強制休息(1)
────────────────────────────
あの頃の彼女は、間違いなく極限状態に追い込まれていたのに、それを必死に隠していた。
それは大なり小なり誰もが持つ矜持なのだろうが、彼女はそれが顕著だった。
今でも寝顔を見るたびに思う。
…どうか、私にだけは本心を隠さないでくれ、と。
────────────────────────────
その後数分様子を見守っていたが、リョウがうなされる様子は無かった。
そっと手を離し、リョウを毛布でぐるぐる巻きにする。
ニルダが上手く毛布の形を整え、フードのようにリョウの顔を半ば隠せるようにしてくれた。
「眩しいと目が醒めちゃうかも知れないし、寝顔を見られるのも嫌だろうしね」
「そういうもの?」
「そういうものよ。あんたは乙女心が分かってないわ」
「…」
リョウは気にしなさそうだが、他人にリョウの寝顔を見られるのは自分が嫌だったので黙っておく。
リョウを横抱きにして休憩室を出ると、廊下でブラウが待っていた。
「よう。…あ、寝てるのか」
「うん。一番強い睡眠薬だから大丈夫だとは思うけど、気を付けて」
「了解」
すぐに気付いて声を潜める。
「隊長からアベルに伝言だ。『書類仕事があるから、今日中に一度執務室まで来い』とさ」
「分かった」
どのみち『月絆の紋』の件を報告に行かなければならない。
アベルが頷くと、ブラウはリョウを見下ろして、後悔の混じった目をした。
「…ここまで我慢するんだな。隊長にさっさと報告しとくんだったか」
「え?」
「3日前にすれ違いざま、挨拶代わりに『ちゃんと寝てるか』って聞いたんだよ。そしたら『問題ない』って返って来たんたけどよ、どうもその言い方が引っ掛かってな」
嘘を見抜く能力は反応しなかった。
だが『問題ない』という答え方は、個人の感覚であって客観的な事実を述べているわけではない。
「あの時踏み込んでればな…」
「リョウって逃げるのよね。なんか、すごく自然に」
「それな。囲い込んで逃げられないようにしないと本音を出さないっつーか」
そしてそんな状況になるのを、本人は徹底して避けている。ブラウの指摘に、アベルは頷いた。
「多分、まだ警戒が解けてない…──違うか。頼っちゃいけない、と思い込んでるんじゃないかな」
「頼っちゃいけない…?」
「ほら、どうしたってここは他国で、俺たちは出会ってからそれほど経ってない他人だから…」
自分で言っていて気分が落ち込んでくる。
アベルの言葉が尻すぼみになると、ニルダが腰に手を当てて溜息をついた。
「あのね、落ち込んでどうするのよ。だったら私たちの方から距離を詰めるしかないじゃない」
「だよな。…そうすっとアベル、お前の出番だぜ」
「え?」
「当たり前でしょー? 私たちの中でリョウに一番近いのはアベルなんだから。まずはあんたに頼って良いんだって教えてあげなさいよ」
「え、いや、どうやって?」
「どうやってって…」
ニルダとブラウが顔を見合わせる。
「…そういやこいつ、こっち方面はポンコツだったっけか」
「忘れてたわ」
「ねえ、失礼だと思うんだけど」
思わず半顔になったら、ニルダがすかさず自分の唇に指を当てる。
「しーっ、静かに。リョウが起きちゃうわ」
「…」
ムスッと唇を引き結び、アベルは歩き出した。
休憩室の前で駄弁っている暇は無いのだ。さっさとリョウを部屋に送り届けなければ。
ニルダとブラウは当たり前の顔でついて来て、途中、ブラウは任務があるからと廊下で別れる。
中庭を横切ると、同僚たちの視線がこちらに集中した。
話し掛けては来ないが、妙に生温かい目で見られている気がする。
ニヤニヤ笑うのは止めていただきたい。
「ニルダ、早く行こう」
「はいはい」
リョウの頭を引き寄せて身体を密着させ、リョウの顔が見えないように歩を早める。
ニルダは小走りに宿舎に向かい、さっと扉を開けた。
殆ど走り込むように中に入ると、ニルダの先導で女性用区画専用の階段を上がる。
宿舎は4階建て。女性用区画は最上階だ。
階段を登り切ると、ニルダは一番奥へと進む。
「アベル、ちょっと失礼」
ニルダがリョウを包む毛布を少しだけ開け、リョウの制服の胸ポケットから鍵を取り出す。
あ、とアベルは小さく呻いた。部屋の鍵がないと送り届けられないという認識すら、頭から抜け落ちていた。
思ったより、自分は動揺しているらしい。
(大丈夫か、俺…)
ニルダが鍵を開けると、中はかなり殺風景だった。
「ベッドはこっちね」
奥に入り、これまたシンプルなベッドにリョウを寝かせる。
家具にも寝具にも見覚えがあると思ったら、全部、部隊の備品だった。
机の上に、リョウがここに来た時に着ていた服が綺麗に畳んで置いてある。
私物らしい私物は、これしかない。
「アベル、リョウを着替えさせるから手伝って」
「は? ──いやいやいやダメでしょ!? リョウは女性! 俺は男!」
声量を抑えられた自分を褒めてやりたい。
たが、ニルダは当たり前の顔でアベルを見上げる。
「自慢じゃないけど、私非力だもの。私一人じゃ着替えさせられないわ。それとも何? 『恋人』の着替えも手伝えないわけ?」
「いや、それは偽装で」
「じゃあブラウに頼むわ」
「それは絶対ダメ! 他の女性陣は?」
「みんな任務に出てるわよ。先輩たちも暇じゃないの」
女性隊員はそれほど多くない。任務で不在なのはいつものことだが、今日に限ってはそれが痛い。
「つべこべ言わない! 早くリョウをちゃんと休ませたいんだから、手伝いなさい!」
「ハイ」
小声だが迫力のあるニルダの剣幕に押され、アベルは頷いた。
「じゃあまずは服を脱がせるから、リョウの上体を起こして支えてて」
ニルダの指示に従って、リョウの身体を起こしたり、腕を上げさせたり、向きを変えたりする。
寝ている人間の身体はかなり重い。それ以上に──
「…アベル、もっとちゃんと支えといて欲しいんだけど。何で目ェ逸らして腕だけでプルプル言いながら支えてるのよ」
「…む、胸が当たりそうだし、色々見えちゃいそうだから…」
「……あんたはホント……」
ニルダの呆れ返った目には気付かない振りをする。
そんなこんなで何とかリョウを部屋着に着替えさせ、改めて毛布を掛ける。
無駄に体力を消耗した気がするが、深く考えてはいけない。
あと、どうしても視界の端に映った白い肌とか下着とかが目に焼き付いているが、それも深く考えてはいけない。
(ガキじゃあるまいし…)
それなりに色々と経験は積んだつもりだったが、リョウを前にすると全部吹っ飛ぶ。何故だ。
アベルの苦悩をよそに、ニルダはリョウの着ていた制服を畳んでいる。
「アベル、1回隊長の所に行くんでしょ? その間は私がリョウを見てるわ。いつ頃行く?」
「あ、じゃあ今からお願いして良い? 出来るだけ早く帰って来るから」
「分かったわ」
アベルはリョウの前髪をそっと整え、勢いをつけて立ち上がった。
どうにも離れがたいが、離れたくないなら用事は早く済ませた方が良い。自分に言い聞かせる。
「よろしく、ニルダ」
「ええ、任せて」
振り返りたいのを堪えて部屋を出るアベルは、ニルダが呆れた目で苦笑しているのに気付かなかった。
「…私が居なかったら額にキスでもしてたんじゃないの? 思った以上に重症じゃない」




