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アベル・イグナシオ回想録 ~国境で捕えられた敵国人は、俺の命の恩人でした~  作者: 晩夏ノ空


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16 貴族教育(2)

 そうして、オーレリアに貴族のあれこれを教えてもらうこと数日。


 その日は朝から、ニルダも合流して隊舎1階の衣装部屋に集まっていた。

 夜会用のリョウのドレスを選ぶためだ。


「ホントは、一から仕立てた方が良いんだけどね」


 リョウ──レイナ・サリアスにとってはパレンシア家での夜会が社交界デビューになるので、既製品のドレスを着るのはあまり良くない。

 とはいえ、新しくドレスを仕立てるのには時間もお金も足りない。


 そこで、この衣装部屋の出番だ。


 ここには、特殊部隊員が貴族向けの場に出る時の衣装が用意されている。

 貴族家からの払い下げや大公お抱えの針子たちが試作したドレスなど、バリエーションも豊富で入れ替わりも激しい。


 既婚の隊員は自分で仕立てていることが多いが、仕立て屋と関わるのが面倒なアベルは、よくここで適当な衣装を見繕っている。


 金はあるくせにと同僚から嫌味を言われることもあるが、仕立て屋に行くと店員が目の色を変えて要らない服まで勧めてくるし、断るのが大変なのだ。


「どうしようかしらね」


 ニルダがとても楽しそうにハンガーラックの間を行き来している。


 自分がお洒落する以上に、他人を着飾らせるのが好きなのだ。

 昔はアベルとブラウが度々被害に遭っていた。


 …『被害』などと言ったら、ニルダに猛抗議されそうだが。


「リョウの場合、可愛い系より綺麗系かしら。謎めいた感じでも良いわよね」

「ニルダ、『リョウ』とは?」


 オーレリアが首を傾げた。あ、とニルダが声を上げる。


「すみません、レイナの愛称です」

「そうですか。親しさを見せたい場合は有効ですが、基本的にはきちんと名前を呼びましょうね」

「はぁい」


 ニルダとオーレリアは基本的に仲が良い。どんな指摘をされてもめげないニルダだからこそ、とも言える。


「…」


 そんな中、渦中のリョウは呆然と部屋の中を見渡していた。


 昨日少し話したところ、ドレスはおろかスカートすら殆ど履いたことが無いらしい。


 貴族向けの女性物の服は、基本的にドレスかスカートのセットアップしかない。

 実際、この部屋にずらりと並んだ服は夜会や公式な場で着られる華やかなドレスばかり。気後れするのも無理もない。


「それじゃあ、まずはこのあたりかしら」

「そうですね」


 ニルダがハンガーラックを移動して来る。豪快なやり方だが、オーレリアは咎めない。


 教育の時間でなければ、オーレリアはそれなりに大らかなのだ。先程の『リョウ』呼びの件ように気になったところには突っ込みが入るが。


「……このあたり……?」


 ハンガーラックに掛かったドレスの数を見て、リョウが顔を引き攣らせる。


 スタンダードなドレスが、ざっと10着ほど。呻きたい気持ちは分かる。


 分かるが、


「…リョウ、ニルダが出て来た時点でこうなるのは必然だよ。諦めて」

「……うん…」

「失礼ね」


 リョウが真顔で頷き、ニルダが頬を膨らませる。


「私だって全部着させようとは思ってないわよ。大体の傾向を掴んで、色とか細かい形とかを絞ってくの」


 一応、配慮するつもりはあるらしい。


「ほらほらリョウ、行くわよ。試着室はあっち。一人じゃ着られないやつもあるから、私も手伝うわ」


 ニルダがドレスを片手に数着抱え、リョウの背中を押す。


「えっと…」

「行ってらっしゃい」


 ふ…と悟った笑みと共に告げれば、リョウは覚悟を決めたような顔で試着室へ向かった。


「アベル、あんたも自分の服、考えときなさいよね」

「えっ」


 ニルダがさらりと告げて、意気揚々とリョウに続く。


 アベルが呆然としていると、オーレリアが深く頷いた。


「ええ、パートナーが居るのですから、それに合わせた服装をするのは当然です。今のうちにある程度見繕っておくと良いでしょう」

「…ハイ」


 相手に合わせる服など選んだことが無い。こういう時こそニルダの出番だと思うのだが、彼女は暫く帰って来そうもなかった。


 オーレリアの指導を受けつつ男性用の礼服を選んでいると、試着室のカーテンが勢い良く開いた。


「はい、一着目!」


 ニルダが笑顔でカーテンを持っている。


「ほらリョウ、出て来て! アベルとオーレリア様に確認してもらわなきゃ!」

「…」


 かなり強引に促されて出て来たドレス姿のリョウを見て、アベルは一瞬動きを止めた。


 年若いご令嬢がよく着る、スカートが大きく広がるドレスだ。確か、プリンセスラインと言っただろうか。

 レースやフリルが使われていて、大変華やかだが──


「…」


 リョウの渋面とのギャップがすごい。


「えっと…」


 ドレス自体はとても良いものだと思うが、はっきり言ってリョウには似合っていない。


 リョウは比較的背が高く、すらりとした体型だ。

 多分今着ているドレスは、もっと背が低くて『可愛らしい』感じの──普通の貴族令嬢に似合うのだろう。


 感想を求められているのは分かるが、完全に苦行に耐える顔になっているリョウに『似合わないね』とは言えない。


 アベルが言葉に詰まっていると、オーレリアがずばり言った。


「このドレスは駄目ですね。もう少し細身に見えるものの方が良いでしょう。ニルダ、次を」

「はーい」


 ニルダはすぐにリョウを連れて試着室に戻った。


 閉じたカーテンの向こう、『はい次!』というとても楽しそうなニルダの声と、リョウが何やら抗議しようとしている声が聞こえる。

 リョウの方はもにょもにょと呟いているようで、何を言っているのかは聞き取れないが。


「アベル、この場合、似合わないと思ったら正直に伝えるのが正解ですよ」

「そうなのですか?」


 オーレリアから思わぬアドバイスが来た。


 驚いて聞き返すアベルに、オーレリアは笑顔で続ける。


「ただし、似合わないと言うなら『何が似合うのか』を合わせて伝えるのが鉄則です。センスが問われますね」

「……それは…自信がありません…」

「貴族の衣装にはある程度、鉄則があります。流行り廃りもありますが、根本は早々変わりません。今回の件でよく勉強なさい」

「はい」


 アベルは神妙に頷いた。


 その後暫くして、再びカーテンが開く。


「はーい、これはどう?」


 笑顔のニルダと、相変わらず引き攣った顔のリョウ。


 今度は先程と真逆、身体に沿う形のスレンダーなドレスだった。

 首元はハイネックで鎖骨は見えないが、肩から腕は大胆に露出するノースリーブタイプのドレスだ。

 スカートもボリュームは控えめで、華やかさより凛とした美しさと色気がある。


 女性の服には疎いアベルにも、元のプロポーションが合わないと着れないものだと分かった。全体のシルエットが丸分かりだ。


 先程のプリンセスラインのドレスよりよほど似合っているのだが…リョウは憮然としている。


「さっきのよりずっと良いと思うんだけど…リョウ、どうしたの?」


 先程の表情とは少し違う気がして問い掛けると、リョウはちょっと驚いた顔をした後、ぼそぼそと答えた。


「……うしろが、ちょっと…」


「うしろ?」



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