13 特殊部隊員(1)
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特殊部隊は軍の中でも特異な人材が集まる部隊である。
身内の結束は固く、それ故の軋轢も生じる。
その中に突然放り込まれた彼女は、絶対に苦労するだろう──その時の私は、そう思っていた。
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翌日の朝、アベルは再び病院にやって来た。
リョウは怪我自体は治ったので昨日時点で退院できるはずだったのだが、宿舎が用意できていないからと一晩病院に泊まった。
病院は宿屋じゃないんだぞ、と顔馴染みの医者に嫌味を言われたが、『大公のご命令なので』と流しておいた。
「あ、アベルー!」
入り口で待っていると、病院のドアを開いたニルダが手を振って来る。
ニルダは今朝リョウの所へ制服を届け、ついでに化粧や退院手続きも手伝う手筈になっていた。
明るい表情をしているところを見ると、仕事は順調のようだ。
「おはよう」
「おはよ!」
ニルダが開け放った扉の向こうで、制服に身を包んだリョウが医者と看護師たちに丁寧に頭を下げている。
頭を下げられた方は明らかに動揺していた。
ここは軍属の病院だ。
お世話になる軍人たちはほぼ男で、居丈高な者が多い。リョウのような者は珍しいのだろう。
「リョウ、おはよう」
ニルダと合流したリョウに声を掛ける。
「おはよう、アベル」
背筋の伸びた立ち姿に、アベルはついまじまじとリョウを見詰めた。
ハイネックのインナーに、開襟タイプの上着。下は緩すぎずきつ過ぎず、ストレートのズボン。
ゴツいブーツを履いているのに、全体にすらりとしていて隙がない。
特殊部隊の制服にはある程度の選択肢があり、スカートなども用意されているのだが、リョウは選ばなかったらしい。…いや、もしかしたらニルダの見立てかも知れないが。
とにかく言えるのは、
「似合うね、リョウ」
ポロッと本音を漏らしたら、え、とリョウが固まった。
ニルダがリョウの肩に手を置いて、でしょー、と笑った。
「私の見立てに間違いはなかったわ。…まあホントはスカート履いて欲しかったんだけど」
「それは無理」
きっぱりと首を横に振るその顔には、薄っすらと化粧が施されている。これもニルダの手によるものだろう。
確かにスカートも似合いそうだ。
(出来れば履いてみて欲しかっ……いやいや)
明後日の方向に向かおうとする思考を、慌てて引き戻す。
「しょうがないわね。スカート姿は夜会に取っておくわ」
「え?」
「パレンシア家の夜会よ。アベルと一緒に参加するんでしょ? 貴族の夜会は、当然正装だからね」
ドレス選びと当日の化粧とヘアアレンジは任せてちょうだい、と、ニルダは大変楽しそうだ。
リョウは若干顔色が悪い。まさかそこまで要求されるとは思っていなかったのだろう。
引いているところ気の毒だが、この件に関しては妥協できる部分が無い。
男性は燕尾服や三つ揃え、女性は家格に相応しいドレス。それがこの国の夜会の決まりだからだ。
…なお男性の軍人に関しては『軍服が正装』という概念があるので軍の式典用の制服でも許される、というのは黙っておく。
「あーもう、そんな不安そうな顔しないの。当日は私も会場に居るから。いざって時はちゃんとフォローするから」
表情に乏しいリョウの顔を見て、ニルダが慌てた様子で言い添える。
端から見たらほぼ無表情なのだが、ニルダにはリョウの感情が分かるらしい。流石だ。
「そろそろ行こうか」
アベルは2人を促して歩き出す。
特殊部隊の隊舎に入ると、すぐに周囲の視線がリョウに集中した。
特殊部隊は人の出入りが多くない。新人が珍しいのだ。
「よう、おはようさん」
廊下でブラウが合流した。
挨拶を交わし、当たり前の顔で一緒に歩き出す。
そうすると、視線の数がぐっと減った。ブラウは背が高いので、視線が遮られるのだろう。
…実はそれは『世話役ニルダはともかく、あのアベルが女の新人と一緒に居る』という驚愕の視線で、ブラウが合流した時点で孤児院繋がりだと認識されて注目されなくなったのだが…アベルは知る由もない。
隊舎の中程、無骨な扉をノックすると、すぐに中から扉が開いた。
「来たか。隊長がお待ちだ」
ドアノブに手を掛けたまま、カミロがアベルたちを促す。
「失礼します」
入室すると、執務机で書類を片付けていたエドガルドが顔を上げる。
「おはようございます。レイナ・サリアスを連れて参りました」
アベルたちが一礼すると、エドガルドが挨拶を返しながら頷いた。
「ご苦労。──制服は間に合ったようだな」
「はい」
ニルダがちょっと得意そうな顔をする。
軍の制服は基本的にオーダーメイドだ。普通、用意するにはかなりの時間が掛かる。
今回ニルダは、服が破れてしまった時などに緊急で着る予備品の中から適切なサイズのものを探し出し、リョウに試着させて細かい補正を発注し、実質半日でリョウのための制服を用意して見せた。
曰く、『制服なら備品庫に行けばいくらでもあるし、壊れた武器と全く同じものを3日で用意しろとかそういう無茶振りよりよっぽど楽』だったらしい。
…支援員の闇を垣間見た気がする。
「一応、やっておくか──レイナ・サリアス。本日より特殊部隊に配属する」
唐突にエドガルドの口調が変わった。
リョウは驚くこともなく、綺麗な動作で敬礼する。
「拝命致します」
昨日アベルたちが教えた付け焼刃の動作だが、かなり堂に入っている。
エドガルドが頷き、立ち上がった。
「では、行くか。他の者は既に演習場に集まっているはずだ」
ぞろぞろと執務室を出て、廊下の奥、突き当たりの扉を開ける。
その先は中庭だ。
周囲には武器庫や独身隊員の宿舎などが立ち並び、隊舎側は芝生、奥の宿舎前は石畳の訓練場になっている。
特殊部隊員たちは、石畳の方に整列していた。
今日集まったのは15名ほど。おおよそ半分といったところか。
諜報任務に出ている者や大公の護衛任務に就いている者はここには居ない。これでもかなり多い方だ。
アベルとニルダ、ブラウも、それぞれ列の後ろに入った。
リョウはエドガルドに連れられて、隊員たちの正面に立つ。
「敬礼!」
隊列の先頭から副隊長が出て来て、こちらを見て号令を掛ける。
一斉に敬礼する隊員たちに同じ敬礼で応じ、エドガルドは『休め』の合図を出す。
「──知っている者も居るだろうが、本日より一人、隊員が増員される。レイナ・サリアス──10年以上帝国にて諜報活動を行っていた者だ。厳密には増員ではなく復帰だが、本国で過ごした時間が少ない分、軍規には疎い。基本的にはアベルとニルダが教育を担当するが、皆、目につく事があったら適切に対応するように」
そこで言葉を切って、エドガルドがリョウに視線を向ける。
リョウは一歩前に出て、サッと敬礼した。
「ご紹介にあずかりました、レイナ・サリアスと申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
言葉遣いにも動作にも、違和感は無い。
すんなりと受け入れる雰囲気になる隊員たちをアベルが見渡していると、一人、すごい顔でリョウを見ている男が目に入った。
(うわ、やっぱり…)
特殊部隊の戦闘員、モーリス。
年はアベルより少し上。
訓練兵時代からアベルの事をライバル視して、何かと突っかかって来た男だ。
所属部隊は流石に別になるだろうと思っていたら、アベルが『月の眼』に目覚めて特殊部隊員になった数年後、モーリスも身体能力を飛躍的に増大させる異能に目覚め、特殊部隊に入って来た。
犬猿の仲、とまでは言わないが、正直モーリスに対しては若干の苦手意識がある。
「さて──では恒例の新人との手合わせだが」
打ち合わせ通りの流れで、エドガルドがこちらを見る。
新人隊員は、初日に皆の前で自己紹介を兼ねてベテラン隊員と軽く手合わせをする。
武器の得手不得手や動きの癖などは、実際に見てもらった方が分かりやすいからだ。
その相手として、打ち合わせ段階ではアベルが選ばれていたのだが──
「隊長!」
案の定、モーリスが手を挙げた。
「俺にやらせてください!」
眉間に深いしわを刻んだ顔で、モーリスはリョウを睨み付けた。




