「世誕」
神様に文句を言いたくなるのはよくあること
「前に説明した通り……この世界には〈終末〉という敵が存在します。彼等の力はとても強大で、貴方たち〈終末対抗兵器〉しか討滅することが出来ません」
「……そしてそいつに負けると、国が滅びるんですね」
「そうよ。〈終末〉は月に二度のペースで現れます。週に連続して現れる場合もあるけれど、そう滅多にあることではないわ。ただ、奴らが『この世界にいつ現れるか』という正確な予測は立てられないの。私たちに〈終末〉の存在が認識できるようになるのは奴らがこの世界に出現する数時間前……本当に直前にしかわからないのよ」
サトコさんは俺の目を見つめながら真剣な表情で〈終末〉について説明する。前に聞かされたし夢の中でも勉強したけど、サトコさんは改めてちゃんと話してくれた。
「……聞けば聞くほどふざけた相手ですよね」
「そうね。せめていつ現れるのかがわかれば、少しは気が楽になるのだけど……」
「……」
「決まった日に、特定の場所で現れるという点で言えば……こちらで準備が整えられる分だけ今日の相手はまだマシね」
サトコさんは空に現れた〈光る卵〉を見て重い溜息を吐いた。
「奴は必ず月の始めにやって来るんですね」
「そう、毎月1日……新しい一月の始まりの日にそれは現れます。〈終末〉と違って世界中ではなく、特定の場所に現れるの。〈終末〉と異なる別世界の存在。私たちはそれを〈世誕〉と呼んでいます」
〈世誕〉……毎月1日に出現する〈終末〉と同じ霊子の身体を持ち、それを遥かに上回る力を持つ謎の存在。
「どうして奴は〈世誕〉と呼ばれているんですか?」
「それはね、〈終末〉に破壊された世界を修復する力を持っているからよ」
奴らが〈世誕〉と呼ばれている由来、それは世界を破壊する〈終末〉とは対象的に破壊された世界を修復する力を持つからだ。
「そいつがあいつらに滅茶苦茶にされた街を治してくれるってことなんですか?」
「でもね、〈世誕〉が世界を修復するのは討滅された時……つまり〈世誕〉を殺すことで、この世界は修復されるの」
ただし〈世誕〉が世界を修復する力を発揮するのはそれを滅ぼした時らしい。
「貴方に倒された〈終末〉の亡骸が放置されたままなのは知ってる?」
「はい」
「〈世誕〉が討滅されるとその亡骸を中心として世界を包み込むほどの超巨大なエネルギーフィールドが発生します。世界中に点在する〈終末〉の亡骸はそのエネルギーフィールドに触れると消滅し、それと共に破壊された街が元通りに修復……いえ復元されます」
〈終末〉の死体が放置されたままなのはそれが破壊された街を復元する役割を持つからだという。何とも不思議な話だ。
「……〈世誕〉はこの世界に攻撃しないんですか?」
「〈世誕〉がこの世界の破壊を目的に行動したという記録は確認されていないわ」
「じゃあ、どうして奴らは敵として認識されているんですか?」
「……〈世誕〉は貴方を狙っているの」
「えっ?」
「この世界に現れた〈世誕〉は、貴方たち終末対抗兵器を破壊するために行動を開始します。〈終末〉はこの世界を滅ぼすために現れるけど、〈世誕〉はこの世界を守る貴方たちを滅ぼすためにやってくるのよ……」
更に〈終末〉と対照的なのが〈世誕〉は俺達だけを狙って現れるということ。
「〈終末〉と〈世誕〉の関係性は不明よ……同時に現れた例がないもの。ただし終末対抗兵器に対して異常に敵対的であることから、私たちは〈終末〉と同じように〈世誕〉もこの世界の敵として認識しています」
「……なるほど」
「〈終末〉のようにこの世界を破壊しようとはしません。ただし、その力は貴方たちを殺しきれる程に強大なものよ。〈終末〉に対して終末対抗兵器が存在するように、終末対抗兵器に対するカウンターのような存在が〈世誕〉という化け物なの……」
……はい、ここまで聞いた所で小林くんから言わせてください。
>そんなのありかよ!<
ちょっとこの世界の神様ー!! 調整間違えてますよー!? 要らないだろ、そんな化け物!! 何それ、ちょっとマジでふざけんなよ!?
世界の天敵の〈終末〉の天敵に終末対抗兵器がいる
それで良いじゃん! 十分にバランス取れてるだろ!? 何でそこにまたヤバいのを投入しちゃうの!? アンタ、この世界をどうしたいんだよ! そんなクソゲー世界に生まれたタクロー君達や説明もなしにポイされた小林くんが可哀想だと思わないの!?
『……発言の意味があまり理解できません。世界をゲームで例えるのはよくありません』
う、うるせぇー! お前は何とも思わないのかよ!? 神様に文句の一つでも言いたくならないのか!?
『神様の存在を肯定出来るほど私は高性能ではありません』
それは褒めてんのか!? ひょっとして皮肉かね!?
「そ、そいつは、一匹しか現れないんですか?」
「〈世誕〉と呼称される存在は一体だけよ。ただし、それを守るようにして〈護衛体〉と呼ばれる相手が多数出現します……」
「……」
「まずそれを全滅させなければ、〈世誕〉に接触するのも困難よ」
わー、本当にゲームのボス戦でよくありそうな展開ですね。やっぱり神様はこの世界をゲームか何かだと思ってるって。
【……注意、注意。コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
精神状態:『平常』→『注意』……注意。安定剤の使用を提案。
【……注意】
ボスの周りをウロチョロするちょっと強い取り巻きね! うんうん、定番だよねー。最初から一対一でやらせろやーとかイライラさせるけど、戦ってみたら結構熱くなれるやつよねー。
でも、それを現実世界でやるのはどうかと思うよ……神様。
『発言の意味があまり理解できません。この世界はゲームではありません』
ここに来て妙にポンコツぶりが加速してるなコイツ。まぁ機械に神様とかいうよくわからないものを理解しろというのも無理な話か……
「……そのレギオンとかいう奴らも強いんですね?」
「……そうね」
「……」
「この〈絢爛交歓祭〉が月末に開かれるのは世界中の終末対抗兵器の交流を深める為だけではないの。終末対抗兵器を一箇所に集結させ、〈世誕〉を討伐するべく共同戦線を張らせるのが目的なのよ……」
「なるほど……そりゃ皆に仲良くなってもらわないと困りますね」
「ね? 本当に……嫌になるでしょ??」
サトコさんは色んな感情が入り混じった、何とも表現し難い笑顔になった。
レックスさんは次の日に〈世誕〉が来るのを知ってたから、俺が皆の足を引っ張る前にさっさとバラしたわけか。ところでアミ公よ、このタイミングで凄い大事なこと聞かされたんだけどさ。どうして教えてくれなかったの?
『アメリカに到着した時点では貴方の脳の知識許容量が不足していました』
ああ、そう……うん。確かにね。あのタイミングで聞かされてもヤバかったね。アミ公様は本当に優しいなぁ……後でその乳もいでやる。
「まぁ、つまりは〈世誕〉を倒せればこの世界は元通りになるんですね」
「修復されるのは現存している国だけよ。建造物や自然も綺麗に修復されるけど……失われた生命だけは戻ってこないわ。〈終末〉に滅ぼされた国は……」
サトコさんは辛そうに言った。確かにあの時の俺にこんな話できるわけないよな。本当にこの人も色々悩んで我慢してたんだな。
『いえ、七条サトコには貴方に説明する義務がありました。それを怠り貴方を孤立させた責任は重大です。場合によっては伝書鳩を解任される可能性もあるでしょう』
いや、もういいや。もう俺は許すよ……責められないよこんなの。ていうか責任の重大さで言えばお前も大概だからね? そこんところ理解してる?
『……』
「……本当に、嫌な性格してますね。この世界の神様は」
「でしょう? 貴方の世界の神様に本気で叱って欲しいものだわ……」
「俺の世界の神様も大概ですけどね……」
聞けば聞くほどこの世界のヤバさに戦慄させられる。そしてそんな世界の命運を背負わされてしまったタクローの心境を思うと何も言えなくなった。
「……」
「タクロウさん……」
「……ああ、大丈夫。ちょっと……気合い入れてるだけだから」
「……ごめんなさい」
こんな世界で、タクローとフリスさんは生きてきたのか。
精神状態:『注意』→『不良』。精神が注意から不良に回復。戦闘意欲が上昇。突発的な使命感が発現。
こっちの明衣子や親父、学校のみんなが……こんな世界で生かされてきたのか。こんな世界でも、あんないい奴に育ったのか。くそったれな神様に滅茶苦茶にされる世界でも、フリスさんみたいな良い子は産まれるのかよ……!!
「……コバヤシ君。今の貴方に、こんなことを言うのは辛いけど……」
「……やりますよ」
「えっ?」
「……俺が、戦います。そして勝ちます……タクローみたいにはいかないかもしれないけど……」
「……いいの? 貴方に、頼んでも……」
「タクロウさん……」
「……タクローは逃げなかったんでしょ? 今まで」
だったら俺が逃げていいわけないだろ!
精神状態:『不良』→『平常』。戦闘意欲が大幅上昇。突発的な使命感が永続的な使命感に変化。
俺がコバヤシ・タクローの代わりに戦うしかないだろ!!
「なら、俺も勝たなきゃ。アンタたちに生きてほしいから」
「……ッ!」
『こちら終末対策局アメリカ支部通信部です。中央棟第一作戦司令室にて〈世誕〉討伐戦……オペレーション・カーテンコールのブリーフィングを行います。アメリカにお集まりくださった終末対抗兵器の皆様、及び伝書鳩、調整者の方々は大至急作戦司令室まで起こし下さい』
「……本当に、強いのね。貴方も」
「俺の名前も、小林拓郎ですからね」
通信部からのアナウンスが響き渡る中、俺はサトコさんとフリスさんに向かって言った。正直に言えば戦いへの不安はある。胸の中は恐怖で一杯だ。
『不安と恐怖を感じる必要はありません。貴方は必ず勝利すると私は確信しています』
そして相変わらず空気を読まないアミ公への不満やら何やらで一杯だ。
「さっさと終わらせて……日本に帰りましょう。その為なら、俺はいくらでも最強になれます」
……それでも、俺は悪足掻きをする事にした。
だってさ、許したくないんだよ。絶対にそうなってほしくないんだ。
俺なんかの為に泣いてくれるこの二人を、俺の帰りを待っている人達を死なせたくないんだから。
「世誕」-終-
\KOBAYASHI/




