「異国の洗礼」
言葉の通じない子に押し倒されるとビビリますよね。何歳になっても。
(……ここで俺を一人にするとかマジか!)
普通なら『今日のコバヤシ君は何処か不安そうだから、一緒に行ってあげようかしら』とか思うだるるぉ!? そうですか、サトコさんはそういう人なんですね!!
わかりました、俺は今から貴女の事を嫌いになりま……
「今の貴方は一人になると不安になるかもしれないけど、大丈夫。自信を持ちなさい」
「え、あっ」
「貴方も私たちのコバヤシ君なんだから、せめて今日が終わるまでは……格好つけてちょうだい?」
サトコさんは俺の頬に手を触れ、まっすぐ俺の目を見つめながら言った。
「胸を張りなさい、貴方は日本の誇り。みんなのヒーローなんだから」
「……」
精神状態:『注意』→『不良』
ずるいぞ、サトコさん。
こういう時だけ沙都子先生みたいな事言いやがって……嫌いになれないじゃないか。あーもー、本当に綺麗な人だな! 頑張りますよ、頑張ればいいんでしょう!?
「いってらっしゃい、コバヤシ君」
「……いってきます」
サトコさんと別れた俺はおっかなびっくり歩き出す。
「では、コバヤシ様。皆様が先の部屋でお待ちです……」
ヘクターさんにも後押しされ、俺は長ーい廊下を一人で進んだ。
(……ああ、畜生。寝ている間に死ぬほど予習したけど……やっぱり緊張するなぁ。こんなに緊張するのは高校入試と、合格発表の時以来……あ、地下プール室でフリスさんを待ってた時はもっと緊張したか)
この先で待つのは俺と同じオーバー・ピースの人達。
メモリミテート・ルームで顔と名前、どのくらい仲良しだとかどんな話題が好きだとかは予習してきたが変身したアミダ様と違って相手は人間だ。夢の中のように接したら即怪しまれて嫌われるだろう。
『大丈夫、自信を持ってください』
アミダ様の本音を聞いてから何気ない励ましすら心にぶっ刺さるようになった。コイツが励ましているのは俺じゃないんだ。コイツはコバヤシとしか俺を見ていないんだ。
そして、これから会う人達も……
\タタタタタタ/
「ええい、もう知るか! 成るように成れだ! あのクソッタレ部屋での血が滲むような経験を思い出せ! 俺の記憶にしっかりと刻まれた……」
『警告。貴方に接近する物体が』
ドゴォ!!
「ほぁぶぁっ!?」
いきなり何かが俺にぶつかってきた!
突然の悪質体当たりに俺は姿勢を崩し、そのまま倒れ込んでしまった。いきなり何だよ!? 一体誰が……
ボインッ。
俺の視界に飛び込んできたのはボインだった。
精神状態:『不良』→『平常+』
……そう、ボインだ。大きくて立派なボインが俺の視界を遮って……どういうことだ?
「Hiya! KOBAYASHI!! Great to see you again!!!」
「……ホア?」
気がつけば、金髪の巨乳美少女が俺の腹の上に跨がっていた。
「You're looking very well! I feel relieved......」
女の子はとても嬉しそうに笑いながら、俺の顔を覗き込む。
あれ、おかしいな? 話が違うぞ? 俺は外国語勉強してきた筈だが? ていうか外国語は日本語に変換される筈では?
「Tee hee hee! How's your Honey?」
彼女が何て言っているのかわからない!
『落ち着いて、しっかりと彼女の声を聞けばわかるはずです』
しっかり聞けって言われても……!!
「KOBAYASHI?」
「アッハイ」
「What's the matter? You look face is red」
「アーイヤ、ダイジョウブ! ダイジョウブ!!」
「??」
>彼女のおっぱいが気になって話が入ってこなーい!!<
ブラジャーちゃんと着けてますか!? 滅茶苦茶、自己主張激しいんですけど!? それに目の前のおっぱいが邪魔で顔が良く見えません! 物凄い美少女だってことだけはちらちら見える目鼻立ちでわかりましたが!!
ボインッ!
アミダ様でかなり慣れたと思っていたが、彼女のおっぱいは所詮ゆめまぼろし。本物の巨乳とはここまで凄いものなのか。無理だよ、こんなの勝てるわけないよ……
精神状態:『平常』→『良好』……良好。軽い興奮状態。
「Can you hear me?」
ええと、このおっぱいのサイズからして多分この娘はアメリカのキャサリンちゃんだな。うん……凄いね、USA。圧倒的すぎるよ、USA。
「あー、その……あの!!」
「What's up?」
「блядь!!」
金髪のボインに押し倒されて焦っていたら、誰かの叫び声が聞こえた。声がした方を見ると綺麗な銀色の髪と、髪と同じ色の尖った狐のような耳が頭に生えた女の子が物凄い形相で睨みつけてきた。
……やばい、嫌な予感がする! 凄まじく嫌な予感がするぅ!!
「What are you doing here?」
(ここで何をしているの?)
「Hiya!Sasha!! This a Physical contact!」
(ハーイ、サーシャ! ただのスキンシップよー!!)
「え、あ!? あのー、これはその……」
「……Physical contact?」
(……スキンシップ?)
「You can say that again! Physical contact with a friend is very important!!」
(そういうこと! 友達とのスキンシップは大事にしないとねーっ!!)
「あのー……」
「Ёбтвоюмать! Держись подальше от моего KOBAYASHIа!」
(ふざけるな! KOBAYASHIから離れなさい!!)
「Hey! Speak English! What language did you use!?」
(ちょっと、英語で話してよ! なんて言ってるのかわからないでしょ!?)
さっきからこの二人はなんて言ってるの!?
『よく聞いてください』
聞いてますよぉ! しっかりと聞いてるのに全ッッ然、会話の内容がわからないんだよ! 本当にあの勉強に意味はあったの!?
『……』
「……Stay away from him」
(……彼から離れて)
あ、字幕が付いた!
わーい、これで何を言っているのかわかるぞー……って違う! 日本語に聞こえるようにしろって言ってんだよ!!
「Tee hee hee! No way, Jose!!」
(えへへ、やーだよっ!)
「ふおぉ!?」
何か金髪の子が思いっきり俺に抱きついてきた!
ふああっ、柔らかい! ボインが思いっきり当たってやばい! あと彼女から凄く甘くていい匂いがする……あばああああ!!
「Stay away from him! You bitch!!」
(彼から離れなさい! このビッチ!!)
「You bitch!? Why are you saying such things?!」
(ビッチ!? ちょっと、何でそんな酷いこと言うの?!)
この二人、もしかして仲悪い!? 段々と空気がピリピリとしてきたんだけどぉ?!
ていうかいい加減に日本語に変換してくれないかな!? 勿体ぶってる場合じゃないよ! アミダ様、アミダ様ー!?
『……〈他国言語自動変換機能〉を無効から有効に変更します』
なんで 無効 になってんだよ! ホントにふざけんなよ!? チクショーめ!!
「So don't let……そういうこと言うからサーシャは友達増えないのよー!」
「……шум……う、うるさい! 余計なお世話!!」
あ! 日本語に聞こえるようになった! すげえ、本当に日本語で話してるように聞こえる!
「……」
しかし、ここからどうしたもんかな? 金髪の娘はからかってるような感じだけど、銀髪の娘がかなり不機嫌になってるな。
「いいから、その人から退いて!」
「ふふん、退かしてみればー?」
「この……っ!」
「あのー、とりあえずここは退いてくれない? そろそろ会議始まっちゃうみたいだしさ」
さて、俺の言葉はちゃんと伝わるかな?
フリスさんは俺の言葉も相手に伝わるように変換されるとか言ってたが……さっきのがあるからちょっと心配だ。
「むー……しょうがないなぁ」
「コバヤシもそう言ってる。早く退いて、キャサリン」
……やったぜ。
ああ、俺は今……重苦しい言語の制約から開放されたぞ。
言葉がわかる、言葉が通じるってだけでこの安心感! やっぱり無理して勉強しても駄目だね! せっかく便利な機能があるんだからドンドン活用しなきゃ! ありがとう、アミダ様! もう勉強を教えてくれなくてもいいよ!!
『……』
アミダ様との距離が一気に開いてしまった気がするがもうどうでもいいや!
むしろこれで俺と小林君の違いを思い知っただろう! 開き直った日本男児の逞しさを舐めるなよ!!
『今夜も再学習の必要がありますね』
……と、ここまで駄目な所を見せても滅気ないアミダ様に俺は戦慄した。
ひょっとしてこのAIはコバヤシ・タクローに惚れてるんじゃないだろうか?
『……発言の意味がわかりません』
アミダ様の声色が少しおかしくなった。おやおや……これはもしかして本当に
「ハーイ、コバヤシ! 元気してた?」
アミダ様を問いただそうとした俺にキャサリンさんが声をかけてきた!
おっといけない。今はこのツンドラAIに構っている暇はない。まずは出来るだけコバヤシ君っぽく振る舞って彼女達と打ち解けなければ。
「異国の洗礼」-終-
>Саша< \KOBAYASHI\Catherine/




