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「不都合主義」

「はい、ではこの術式を黒板に書いてください。安藤君ー」


 平和な昼休みと5限目の保健体育を経てついにやって来ました6限目の魔法学。


「えーと、この術式はぁ……」


 >魔法学<


 何だよ、魔法学って! 知らない、僕そんな授業知らない! この世界には魔法まであるのかよ!?


『はい、存在します』


 存在しますじゃねーよ! どうしたら良いんだよ!? 俺には安藤が黒板によくわからん模様を書いてるようにしか見えんぞ!? 何だよ、あの模様は!?


『あれは魔法陣。魔法学の基礎となる魔法を発生させる為に必要な図式です』


 そんな図式、俺の世界では習いませんでしたよ!?


「……はい、ありがとうございます。安藤君が書いてくれたのは火を起こす為の魔法陣です。この黒板では火を起こせませんが、ちゃんとした道具を用意して正確に書き写せば皆さんでも小さな火を起こせます」

「はえーっ」

「勿論、テストに出ます。しっかり覚えてくださいねー」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「やだぁぁーっ!!」


 スーツにトンガリ帽子という妙な格好の眼鏡教師が淡々と魔法について教えてくれるが、全く頭に入ってこない。どうしよう、これまずいんじゃない?


「ぬぐぐぐぐ……」

『再学習の必要がありますね』

「近年、我が国では深刻な魔素不足に陥っており50年以内に魔法は使用不可になると危惧されています。現時点で魔素が充満した閉鎖空間で無ければ大規模な魔法は扱えません。また、生まれてくる子供が宿す潜在的な魔力も年々減少気味でー」

「……何だ、日本じゃもう使えなくなるのか。じゃあ特に勉強する必要もないな……」

「はーい、コバヤシ君? そういう悲しいことは言わないでください。先生、泣いちゃいますよー?」

「ヒエッ!?」


 魔法学の先生は眼鏡をビカーンと輝かせながら言う。えっ、教卓まで結構距離あるのに聞こえたの!?


「す、すみません! すみません!」

「こほん……魔法の技術は様々な所で活かされています。魔法が使用できなくなる事は今後の生活にも影響が出てくるので、決して呑気に構えていい問題ではないのですよー」


 先生はそう言ってニカッと笑い、また黒板に見覚えのない文字をカリカリと書き連ねた。


「……そうなのか」

『魔法学はこの世界で重要な分野の一つです。魔法は電気、ガスに続く有用なエネルギーとして認知され、今日に至るまで様々な技術転用が成されています』

「……なるほど?」

『早急に再学習が必要ですね』


 うーむ、やはりこの世界は俺の知らない事が多すぎるな。アミダ様の言う通り、素直に一から勉強し直したほうがいいかもしれないけど……


 俺は勉強が大嫌いなんだ!!!


『……』


 あまりにもド直球な俺の訴えにアミダ様は沈黙した。



 ◇◇◇◇



「はーい! それじゃあ、気をつけて帰るのよォーん!」

「はーい!」

「おらぁ、帰んぞ! 横田ァ!」

「またな、せんせーっ!」


 殆ど頭に入らなかった6限目が終わって下校時間。一気に疲れが来た俺は机に突っ伏す。


「……あー、くそう。メジャーな異世界転移ものならご都合宜しくこの世界の知識が入ってたり、脳に直接インプットとか出来たりするんだろうけどなぁ」

『発言の意味がわかりません』

「……ほら、よくあるじゃない? 俺の記憶を覗いたからわかるだろ? ほら、漫画とかによくあるー」

『発言の意味がわかりません』


 まぁ、この世界にそんなご都合展開(うまみ成分)を期待するのが間違いなんだけどね!


 超絶可愛い幼馴染や沙都子先生似の美人が居てくれるだけマシだと思って頑張るしかあるまい。まだ元の世界への帰還を諦めた訳じゃないが、現時点ではどうしようもないし……


「……コバヤシ・タクローとして頑張るしかないかあ」

『貴方はコバヤシ・タクローです』

「はぁー……」

「おーす、コバヤシ君! この後」

「暇じゃねえからマックには行けないわ。すまんな、田中」

「えーっ!」


 俺は田中の誘いを言う前に断って席を立つ。


「マジで付き合い悪いな、お前ー」

「だってストーカー趣味のブ男より可愛い妹とGO HOMEする方が幸せだもん」

「貴様ァ!!」

「当たり前だろォ!?」

「まーまー、喧嘩すんな。田中もいい加減にコイツを誘うの諦めようぜ」

「ぐぬぬぅ……!」


 安藤に諭されて田中は歯軋りをする。全く、どうしてこうもしつこく俺を誘うんだか。男同士でマック行ってもあんまり楽しくないだろ?


「俺は諦めんぞ!」

「そうかー、頑張れよー。それじゃあな」

「絶対にお前を攻略してメイコちゃんとの結婚を認めさせてやる!!」



【コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】


 精神状態:『平常』→『注意』。特定対象への突発的な殺意が発現。安定剤エリクシルの使用を提案。

 筋力:『A+』



「……」

「絶対に認めさせてやるからな!」

「田中、そういうのは声に出すんじゃねえよ。馬鹿か」

「うるせぇ! 言わないと熱意が伝わらねえだろうが!!」

「言った時点で負けだろ」


 ……ほう、そうか。そういうことか。なるほどなるほど。これで何度断られても俺を誘っていた理由がわかった。


「……よし、殺そう」

『落ち着いてください』


 足を止めて田中を殺そうとした俺をアミダ様が制止する。


「止めるな、アミダ様。奴は今殺すべき。否、殺さねばならぬ。絶対に殺さねばならぬ。確実に息の根を止め、妹の安寧と幸せと純潔を守護(まも)らねば」

『落ち着いてください』

「奴は今、ここで殺す」


 俺は顔一面に青筋を浮かばせながら振り返るが……


「田中ァ……」

『落ち着いてください』

「ッ!?」


 アミダ様が目の前に現れ、俺を制止するように立ち塞がる。


(おい、人前で外に出るなって!)

『必要性を感じたので模擬体(アバター)を投影しています。このまま進めば貴方は彼に危害を加えてしまいます』

(……だって今のうちに殺しておかないと妹が)


 俺はアミダ様の姿越しに田中を睨む。


「……おい、アイツすげー顔でお前を睨んでるぞ」

「ぬぅ……! こうなったら殴り合いで認めさせるしかないか! 良かろう、来るがよい兄上!!」

「本当に気持ち悪いなお前」


 田中と安藤にはアミダ様が見えていない。今、俺達の間には青少年の何かが危ない格好の黒髪美少女が立っているのだが、それが見えているのは俺だけだ。


(別にお前には関係ないだろ!? 早くそこを退けって!)

『それは出来ません』

(何でだよ!?)

『私の判断で』


 アミダ様は俺と目を合わせながら迫る。たわわに実った胸を揺らし、超短い裾のスカートから黒いパンツをチラつかせて俺を挑発するように近づいてくる!


「ぬ……ぬぬぬっ!」

『このまま教室を出て下校するなら模擬体(アバター)の投影を止めます』

「ああもう、わかったよ! 畜生めぇ!!」


 彼女に根負けして俺は逃げるように教室を出る。くそぅ! 覚えてろよ、田中ァ!!


「あっ! 逃げやがった!!」

「まぁ、まともに殴り合ったらコバヤシがお前に勝てる要素ないしな。可愛い妹を放っておいてまでお前と喧嘩する理由もないしー」

「クソァ!!」



 精神状態:『注意』→『不良』。軽い興奮状態。



 俺は顔を真赤にしながら校舎を出た。アミダ様はいつの間にか引っ込み、俺はスーハーと息を整えてから彼女を問い詰める。


「お前、何のつもり!?」

『こちらの台詞です』

「だって!」

『民間人に危害を加えた場合、貴方の機能は強制的に停止させられます』

「はぁ!?」

『貴方が〈終末〉以外にその拳を振るうことは許可されていません』


 ここで衝撃のカミングアウト!


 嘘だろ!? え、俺はクソ野郎に殴られても殴り返しちゃ駄目なの!? どうして!? 暴力に暴力で返して何が悪いの!? 妹を狙うクソ虫を駆除して何が悪いの!?


『貴方がコバヤシ・タクローだからです』


 アミダ様はそう言って俺の視界に青い矢印を表示する。


「……あ」

『誰かを傷つけた手で彼女の手を握るのですか?』


 矢印は俺を待つフリスさんを指し示す。


「……」

『私からは以上です』

「……どーも、最悪な気分だよ」


 アミダ様のありがた迷惑な気遣いに俺は重い溜息を吐く。


「でもよ、世の中には殴らないとわからないクズが居るんだよ? クズの前でやさしみを見せてもそれを理解する脳みそがクズには無いんだよ? クズにはその身体に痛みとして刻み込まないと」

『貴方がそれを憂慮する必要はありません』

「……何で?」

『貴方がそのような相手と出会うことは無いからです』

「???」


 俺はアミダ様の発言に思わず首を傾げた。


 え、俺を火炙りにするような奴らはクズ認定されないの?



「不都合主義」-終-


(AMIDA)\KOBAYASHI/     \Frith/

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