「あの人の声」
自分の声は響かないのに、誰かの声は嫌ほど響く。
気がつけば目の前が真っ暗になっていた。
【……損傷ナシ。戦闘続行に支障ナシ】
「……ぐ……っ」
〈終末〉をぶっ倒そうと突っ込んだのはいいものの、俺の攻撃は不意打ち気味に放った最初の一発しか当たらなかった。速さで攻める〈姉〉と、大爆発する陰陽玉を撃ち込んでくる〈妹〉のコンビネーションの前に俺は呆気なく地に伏した。
「くそっ、舐めんな……っが!?」
ズゴンッ!
何とか体を起き上がらせようとしたが、〈姉〉の大きな足が再び俺の体を押しつぶす。何度も、何度も。
ズシン、ズシッ、ズガガガガッ
【……被弾、被弾、被弾、被弾、被弾、被弾……】
「こっのっ……やろっ……!!」
\スカッ/
俺は反撃しようとパンチを繰り出すが、その瞬間に〈姉〉はひらりと足を躱し虚しく拳が空を切ったと同時に再び踏み潰してくる。
「あれっ、ちょっ……だばぁああああああーっ!!」
ゴシャァン
【……被弾。〈終末〉の攻撃が命中。損傷チェック、損傷チェック、損傷……】
やべぇ、意識が朦朧としてきた……!
痛みはねぇけど……連続して攻撃を叩き込まれるとヤバい! ダメージは無いのに意識が刈り取られる!!
「くそっ……いいかげっんがぁ!!」
ズガアッ!
【……損傷ナシ。戦闘続行に支障……】
〈姉〉は踵から生える光の羽で足を加速させながら強烈な踏みつけを食らわせてくる。一方の〈妹〉は再び陰陽玉を手の中から発生させ、それにありったけのエネルギーを集中させ始めた……。
まずい、このままもう一発アレを食らったらマジで気絶しちまう!!
「くっ……そっ……」
ズガッ、ゴシャッ、ゴリゴリゴリ、ズドォン
「がぁあああああっ!!」
逃げ出そうとしても、執拗な〈姉〉の踏みつけがそれを許さない。
【……警告。コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ。意識レベルが低下】
「こ……のっ……ああああ!!」
急に踏みつけ攻撃が途切れる。
スタミナ切れか……! よし、見てろよこの脚長SM嬢が! これからそのスラッとした脚をぉー!!
パチン
〈姉〉はパチンと指を鳴らす。その軽やかなパッチン音が聞こえた瞬間……
────ドゴンッ!
俺の体が思い切り上から押し潰される。今までの踏みつけとは比べ物にならないくらいの強烈な力が、体の自由を完全に奪う。
【……警告、警告、警告……】
「うっ……ああああああああ!!?」
【……警告、警告、警告……】
何だ……これは!? くそっ、動けねぇ! まさか、さっきの踏みつけはコレを食らわせる為に……!?
「ぐっ、ぐぐぐぐっ……!」
ズンッ!
「あがぁああああー!!!」
【……警告、警告。コバヤシ・タクロー周辺の重力が異常に増加。戦闘続行に影響アリ。コバヤシ・タクロー周辺の……】
原理はわからないが〈姉〉は踏みつけた衝撃と重さを相手に蓄積させて指パッチンで一気に解放させる力があるようだ。自分で言っててあれだが、ちょっと強すぎない? この前のモリモリマッチョマンが霞んで見えるぞ!?
「ぐっそおおおおおおおおおおお!!」
【……警告、警告、警告】
くそっ、駄目だ! 動けん! このままじゃ、陰陽玉をまともに貰っちまう……その前に、意識が……!!
【……警告、警告、警告。コバヤシ・タクローのステータスに……】
地面に張り付いて動けない俺を挑発するように〈姉〉はふわりと宙に浮き、すいすいと泳ぐように何処かへと向かった。
「……!?」
必死に意識を繋ぎ止めて目を凝らすと〈姉〉が向かう先にフリスさん達の乗るヘリコプターが見えた。
「さ……せ……るかぁあ……ぁああああ!!」
俺は気合で立ち上がろうと体にありったけの力を込める。
「こんな、もん……!!」
ドゴンッ!
「……っっ!!!」
【……警告、警告……】
それなのに立ち上がれない。大してダメージは受けてないのに、体が動かない。
(何でだよ! 俺は最強なんだろ!? だったらこんなもんで動けなくなってんじゃねえよ……立て! 立て! 立てぇええ!!)
>……立って……<
(……!?)
声が聞こえた。まただ、また聞こえてきた……、俺の頭の中に……!
>……コバヤシ君……<
あの人の……、声が……!!
>>立って、コバヤシ君!!<<
全く、俺ってやつは。
嫌になるね、自分で自分を励ましても何もやる気を出せないくせに。あの人の声を聞いた途端に……やる気が出ちまうんだよなぁああ!!
「こっ……のぉおおおおおっ! させるかぁああああああああああああああ─────ッ!!」
俺は無意識の内に自分の身体に命じた……『動け』と。
もっと速く。あの〈終末〉を追い越すぐらいに速く。あいつがヘリコプターを襲うよりも速く。この身体を縛る重さを振り切れる程に速く。
速く、速く、動けと。
────ジャキンッ!!!
心の中でそう叫んだ瞬間、俺の身体に変化が起きた。
(……何だ? 体が……)
全身を覆う装甲がジャキンという大きな音を立てて展開し、開いた装甲の隙間から青く輝く粒子が噴出する。
キュイイイイイ……ン
全身に力が充填されていくのを感じる。装甲の隙間から漏れる光が俺を包み込み、ノイズ混じりの視界に〈着地点〉という書かれた青色のマーカーが表示された。
【……コバヤシ・タクローの要請により能力抑制コード《03》相当機能〈ゼロタイムシフタ〉を発動。着地点を指定……】
マーカーは俺の視線に合わせて移動する。何が起きているのかわからない俺はとにかく〈姉〉の背中を捉え、すぐにコイツを追い越したいと強く念じた。
【……完了。〈ゼロタイムシフタ〉発動】
全身がまるで青い稲妻のように眩しく発光、〈着地点〉のマーカーに身体が勢いよく引っ張られるような感覚が走る……
────ィンッ!!
そして、気がつけば俺は遥か遠くに居た筈の〈姉〉を追い越し、フリスさん達の乗るヘリコプターの前でピタリと止まった。
【……着地点に到着、〈ゼロタイムシフタ〉解除。連続使用可能回数……残り2】
ガシュンッ!
何が起きたのかわからなかった。
本当に気がつけば俺は〈姉〉を追い越していたんだ。此処に来る途中に白いナニカを豆腐のようにブチ抜いた気がしたが……
《アアアアアアアアアアッ》
それが敵の身体と知ったのは胸に大穴を開けて落下していく〈姉〉の姿を見てからだった。
「……」
「……」
え、何!? 何が起きたの!? どうして俺は此処に居るの!? ふわぁ、サトコさんがすごい顔で俺を見てる!
「ど、どうも……」
>キィアァァァァァァァァァァァァァァ<
離れた場所にいる〈妹〉が〈姉〉がやられたのを見て凄まじい叫び声を上げる。ありったけのエネルギーを込めた光り輝く陰陽玉を俺の方に投げつけようとした。
「うおおっ!?」
「はっ! き、気をつけて!」
「わ、わかってます! 何とかアレが投げられる前に!!」
ジャキンッ!
【……〈ゼロタイムシフタ〉再発動。着地点を指定……】
閉じた装甲が再び開き、俺の身体が青い光に包まれる。さっきと同じだ。俺は〈妹〉の腕を視界に捉え、そこに飛びたいと強く念じた。
────ィンッ!!
すると俺の身体が〈妹〉の腕に瞬間移動する。速いとかいう次元じゃない。本当に気づけばその場所に到着している。
「やらせるかよっ!!」
バギョンッ!
俺は直様〈妹〉の腕を思い切りぶん殴る。殴られた腕は逆方向にへし折れた。
【……着地点に到着、〈ゼロタイムシフタ〉解除。連続使用可能回数……残り1】
《キアアアアアアアアアアアアアアッ!》
片腕を折られた〈妹〉は投げようとした陰陽玉を足元に落とす。
【……〈ゼロタイムシフタ〉再発動。着地点を指定……】
「じっくりと自分で味わえ、クソ女!!」
────ィンッ!
爆発に飲まれる前に俺はヘリコプターの前に瞬間移動。再度、サトコさんの眼前でピタッと止まった。
【……着地点に到着、〈ゼロタイムシフタ〉解除。連続使用可能回数……残り0】
「……」
「……た、ただいま」
ガシュンッ!
開いた装甲が閉じて俺を包み込んでいた光が消える。何とも言えない空気になりながら、とりあえず俺はサトコさんに『あはは』と愛想笑いをした。
「ははは……は」
それにしても瞬間移動まで出来るのか、コバヤシ君は。マジで半端ねえな。誇張抜きで最強じゃない。さっきまでヒィヒィと苦戦してた俺が馬鹿みたいだよ!
「えーと、その……」
「前にも言ったけど……負けたフリは厳罰対象よ? この国の明日は、貴方に託されているんだから……」
アッハイ、すみません。負けたフリじゃなくて……割とマジで負けかけたんですけどね?
「すみません、サトコさん。まだ、この体の使い方がよくわからなくて……」
「……ふふふっ」
俺の言った台詞がよほど面白かったのか、少しだけ硬直した後にサトコさんは初めて笑った顔を見せてくれた。
「ふふふふっ、そうね。覚えてないものね」
「……す、すんません」
「いいのよ、でも……あんまり心配させないで?」
サトコさんの笑った顔を見て、改めて綺麗な人だなぁと思った。
「あの人の声」-終-
\ /Σ・∴'、─=≡ KOBAYASHI




