エピローグ「夢の果て」
「……いいなぁ」
コバヤシと三人の花嫁達がわいわいと浴場で盛り上がる様子をアトリは外から見守っていた。
『ほびゃああああああっ!』
『ちょっと! くっつき過ぎよ!』
『そんなことない』
『わ、私だって負けません! 私もお嫁さんなんですから!』
『ノーウ! ダーリンの一番はあたしよーっ!!』
『……キャサリンは三番目よ』
『あいやああああああっ!』
恐らく彼は今までの中で最も幸せなコバヤシだろう。
想い人のフリスと結ばれ、本来は死ぬか結ばれない運命にあった少女をも救った。それは今までのコバヤシには出来なかった偉業だ。
「……」
『あばあああああっ!』
「……むむむむっ!」
だが、少女達に揉みくちゃにされるコバヤシを見ている内にアトリの胸にモヤモヤしたものが渦巻いてくる。
確かに彼が幸せになるのは良い事だ。彼女にとってそれは何より優先すべき目標なのだから。だが、何故か素直に祝福出来なかった。
「……本当は、ボクもそこに居るべきなのに」
アトリは今もコバヤシを愛しているのだ。
彼らには幸せになって欲しい。愛娘であるフリスの想いも報われてこのラクエンはこれまでで最も完成に近づいていると言っていい。ラクエンの管理者であるアトリにとってこれ程喜ばしい事はない。
しかしそれでもアトリは憂鬱だった。ラクエンが完成しても、彼女達のようにコバヤシと結ばれることは決してないのだから。
「少しくらい……身体を借りても……」
そんな考えが頭を過るが、幸せそうなフリス達を見てすぐに取り下げる。
あの幸せは彼らが数多の苦悩と障害を乗り越えた末に手に入れたものだ。ただ見ていただけのアトリにその中に混ざる資格など無い。
「……それは駄目だよね。ボクは管理者なんだから……ただ見守ってあげなきゃ」
彼女はこのラクエンの神とも呼べる存在だったが、その心は神のように超然としたものではなくどちらかと言えば人間のそれに限りなく近くなっていた。彼らの幸せを邪魔する選択など選べない。彼らが幸せならばそれで良い。彼がアトリに与えた影響はそこまで大きいものだったのだ。
「……しあわせなら、手をたたこう。しあわせなら手をたたこう……」
アトリは寂しさを紛らわそうと、彼から教わった歌を口ずさむ。
「しあわせなら、たいどで示そうよ。ほら、二人で手をたたこう」
長い時間の中で多くの記憶を失っていたが、彼と過ごした時間だけは決して忘れない。
白い砂漠の中で語らいながら、二人で過ごした夢のような時間を。
「しあわせなら」
〈……てを、叩こう〉
「!?」
〈しあわセなら、手を……〉
背後から聞こえてきた何者かの声。驚いたアトリが振り向くと、そこにはあの黒い影がいた。
「お前は……っ」
〈……グルルッ〉
影は両目から金色の光を涙のように零し、唸り声を上げながらアトリを睨みつける。
「……まさか、ね」
アトリは影の正体を察するが、すぐに頭を振って否定する。
「違うよね。あの人がこうなるわけないもの」
〈グルルルルルッ……!〉
「ボクはあの人のために頑張ってきたんだから」
そっと影に右手の紋章を向ける。
〈オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!〉
影は獣のような咆哮を上げてアトリに襲いかかった。
「……こんな怖い顔で、ボクに向かってくるはず無いじゃない」
アトリは自分に言い聞かせるように呟くと、すっと目つきを変えて迫りくる影を迎え撃つ。
────パキィイイイイインッ
月が雲に隠れた明かりのない夜空に何かが儚く割れるような音が鳴り響いた……
エピローグ「夢の果て」-終-
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