「コバヤシ家の食卓」
MONSTER飲みながら、家族円満の秘訣について本気で考えていたらこの話が書き上がりました。
「はい……じゃぁ、いただきまーす」
俺は何とか一階に降り、みんなで食卓を囲んでいた。今日の朝食は親父と明衣子だけじゃなく、なんとフリスさんも一緒だ。
わーい、気まずーい!
「おら、食えよタクロー。飯が冷めるぞ?」
親父は冷たい声で俺を急かす……さっきの軽くも温かみのあった声色とはまるで違う。
「ほら、食べなよ兄貴。朝ごはんはその日で一番大事なごはんなんだよ?」
明衣子も冷たい目線を向けながら言ってくる。
うん、その目線には慣れてるけどさ……ちょっと今日はやめてくれない?
「……ええと、箸が持てません」
「そうかー、それで?」
「犬みたいに顔を上手に使って食べれば?」
>鬼だ、鬼がいる!<
僕が何をしたっていうの……酷すぎるよ。こんな扱い耐えられないよ!!
「あ、あの……何だか二人共、タクローに厳しいですね?」
ああ、フリスさんまじ天使。だよね、おかしいと思うよね? ね??
「え、だってさーこのヴォケは君の忠告を無視した挙げ句、君に向かってあんなこと言ったんだよ?」
「そうそう、信じられないよね。昨日のアレでもないわーって思ったけど……さすがに今日のは擁護無理よ。やっぱりこいつクズだったんだよ」
>だから言い方ァ!<
もう俺は血を分けた家族として認識されてねぇ! 明衣子に至ってはもう兄貴とすら呼ばねぇ!!
【……】
ああ、ついにアミダ様すら何も言ってくれなくなった! 辛い、もう辛い! 救いはないんですか!?
「で、でもタクローのお蔭で私たち助かったんですから。そこまで言わなくてもいいと思います」
あ、天使。フリスさんマジ天使。ありがとう、君だけだよ俺の味方は……本当に。
そして今朝のあれは誤解なんです。信じて下さい、お願いします。俺は断じて君に向かってボケカスなんて言いません。そんな事を言うクズになる前に俺は迷いなく死にます。
だからそんな悲しそうな目で俺を見ないで!!
「まぁ、確かに言い過ぎだったな……」
「……そう、かもね。うん、言い過ぎだよね……」
「……はい、言い過ぎです」
心が籠もった天使の言葉が、血も涙もない鬼の心を動かした。
「ごめん……本当に今朝のは違うんだよ……」
「わかってますよ、タクロー。大丈夫ですから」
ありがとう、フリスさん。言いたいこと沢山あったけど、何かもう今は『ありがとう』とか『ごめんなさい』とかしか言えないよ。
「わかってくれるんだ……そりゃそうだよね。だって君は」
「タクローだって、私が嫌になる日がありますよね……」
「そうそう、そんな日が……えっ?」
おい、今なんて言った? この子なんて言った??
「え、違……」
「いいんです、大丈夫。気にしてませんから……」
「あの、聞いて? 俺は……っっぶぁあ!!」
必死の弁解を試みる俺のスネに鋭い痛みが走る!
「……」
明衣子か……。違うんだって、本当に。聞いて? ねぇ、いい加減にお兄ちゃんの話を聞くことを覚えよ?
「俺は、そんな日なんてないから!」
「……気を使わなくてもいいんですよ、朝ごはん冷めちゃいますから」
「だから聞けよ!」
「タクロー、落ち着きなさい」
「親父……」
「そもそもタクローのクズさが彼女に露呈するのは時間の問題だったんだよ。いずれ来る日が今訪れただけだ、何も問題ない。だが俺はもう息子とは思わん」
お父さぁぁぁぁぁぁん! 何でトドメ刺すのぉ!? 何で状況を的確に悪化させていくんだ、このド畜生がぁああああああー!!
「……ごちそーさま」
「メイコちゃん、まだ残ってるよ。ちゃんと食べなさい」
「……何か今日は食欲ないから、アレと一緒にいたくないし」
助けて! このままじゃ家庭が崩壊しちゃう! 何だこの負の勘違いスパイラル地獄は!!
【……】
何か言ってくれや、アミダ様ァ! 昨日までの視覚的にうるさいくらいの主張は何だったの!? 頼むよ、アミダ様くらいは俺の味方してくれよぉ!
【……】
クソァ!!
はっ……いやいやいや、落ち着け。今こそ長男の意地を見せる時だ。
俺は今、試されているんだ……! そうだとも、俺にこんな可愛い幼馴染を与えてくれる慈愛に満ちた神様が俺を見捨てる筈がない! 俺は今こそ、神様に証明しなければならないのだ……!
俺が神の祝福を受けるに相応しい男であることを!!
【……コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ。隠された特殊技能が一時的に発現】
精神状態:『要注意』→『注意』。精神が要注意から注意まで回復。
特殊技能:『開き直り』『誤魔化しのプロ』『口巧者』
アミダ様、それ特殊な技能なの!? さりげなく俺の事をこき下ろしてない!?
【……】
畜生めぇ! こうなったら自棄だ! 俺をクズ扱いしたのは親父と明衣子の方だからな! ご希望どおりクズらしい開き直りと土壇場の口の巧さを見せてやるよぉ!!
「……聞いてくれ、フリスさん。今朝のアレは本当に勘違いなんだ」
「……」
「だって、俺は君のパートナーだ。パートナーがパートナーにあんな酷いこと言うわけないじゃないか。そもそも、そんなことを言うパートナーと今まで一緒に居れるわけないだろう?」
今まで一緒に居たのは俺じゃなくてタクロー君ですけどね!
「……で、でも……さっきのは……」
よし、何とか話を聞いてくれる雰囲気に持ち込めたぞ! 今だ……今しかない! 今こそ見せつけろ、長男の意地を!!
「あれは文化祭の出し物、演劇の練習だよ! 俺、主役の口の悪い王様役になったからさぁ!!」
完璧だ。完璧すぎる切り返しだ……自分でも惚れ惚れするね。見たかよ、アミダ様。
【……コバヤシ・タクローに対する本機能的評価を改定】
……ほう、そうかそうか。それでアミダ様から見た今の俺はどんな感じ?
【……評価『B』→『E』。戦友から 知らない人 に変更】
ありがとうよ! クソッタレェ!!
「何言ってるんだ。文化祭の出し物が決まるのは2ヶ月前だろ、今年の文化祭まであと何ヶ月あると思っているんだ。ていうか泣くほど体痛いのにどうやって練習すんだよ」
>親父ィィィィイ────!<
この……っ、ほんともうふざけんなよ!? ぶん殴るぞ!? マジで助走つけて右の拳くれてやんぞコラァ!!
「えっ、兄貴が主役やんの? 凄いじゃん」
「タクローが主役……ですか! 凄い、おめでとうございます!!」
_人人 人人_
> 勝った! <
 ̄Y^Y^Y^Y ̄
やっぱり明衣子は凄いよ、最高の妹だよ。
そしてフリスさん、アンタ本物の天使だよ。涙出るわ、マジで泣きそうだわ……ありがとう。俺を信じてくれてありがとう!!
「いやー、体痛いから気晴らしに台詞だけ練習してみたら役に入り込んじゃってさぁー。本当にごめんね、フリスさん」
「そうだったんですね……ごめんなさい。私、酷い勘違いをして……」
「本当に演劇でタクローが主役やるのか」
「そうだよ、スゲーだろ? 自慢してくれてもいいんだよ??」
「やだよ、本番で失敗でもされたら恥ずかしいし。演劇とは言えそんな口の悪い王様になった息子なんて自慢に出来ない」
それに比べて、こんのクソ親父よ。
今朝言った温かい言葉はなんだったんだよ。喜びの涙も一気に悲しみに染まるわ、もうこの親父の息子である事が悲しくて仕方ねぇわ。
「ま、何でもいいけどさー。どーせ、あたしは見に行かないし」
めーいこちゃーん? 君もさぁ、もうちょっとさー……兄貴に華を持たせよ? なーんでこうその場の空気を一瞬で台無しにするのかなぁ、この二人は。優しかったお母さんの遺伝子は何処に受け継がれたんだよ?
まぁ、さっき言った台詞の8割は嘘っぱちなんですけどね!
【……評価『E』→『E-』。知らない人から 他人 に変更】
あーうん、そうだね。
やっぱり親父の言う通り俺はクズだったわ。その場しのぎとは言えパートナーの前で堂々と嘘つきましたわ。他人呼ばわりしたくなる気持ちもわかるよ。でももう少し優しい言い方は無いの? 同じ身体を共有する者同士だよ?
【……訂正。他人から 余所者 に変更】
ド直球な例えに切り替えたなオイ!? シンプルに傷つくんだけど!?
「それにしても凄いです、タクロー! あんなに迫真の演技が出来るなんて……! タクローには演技の才能もあるってお友達に自慢しなきゃ!」
あーうん、フリスさん。それだけはやめて?
あとその滅茶苦茶誇らしげな顔と、俺を信じ切った曇りなき眼で見るのをやめて? 親父や明衣子に言われたどんな冷たい台詞よりも心に突き刺さるから……。
「はっはっは、でもごめん。恥ずかしいからやっぱり今は内緒にして?」
「ふふふ、わかりました。タクローは恥ずかしがり屋さんですからね」
「ま、とりあえず朝ご飯は食べなさい。もう冷めきってるだろうけどー」
「じゃ、あたしは行ってきまーす」
「いってらっしゃい」「いってらっしゃい、メイコさん!」「めいこちゃんいてらー」
ま、まぁ、これで何とか穏やかな雰囲気に持っていけたぞ。
人間、最後まで諦めたら駄目だな。あの状況でも決して諦めない強さを持つことが、家庭崩壊から家族を救う秘訣だよな。うんうん、頑張って良かった。
でもさ、何で誰も俺の体の心配してくれないんだろうな?
【……コバヤシ・タクローの身体各部に損耗を確認。これ以上の放置はそこそこ危険】
ありがとうよ、アミダ様。この有様で危険度はそこそこなんですね。朝に見た表示と違うなぁ……。
「……あのさ、親父」
「ん、なんだタクロー」
「俺さ、体痛くて動かないんだけど……」
「ああ、そうだったな。仕方ないなぁ、お父さんが食べさせてやるよ。ほれ、口開けろ」
「大丈夫です、お父様。タクローには私が……」
だから彼女にお父様って言わせるのやめさせて!? ぞわぞわするから! それと嬉しそうに目を光らせんな!
「そうだね、君に任せたほうが良さそうだ」
「はい、任せて下さい!」
「だって、未来のお嫁さんだからね。うんうん、お母さんも君みたいな子が嫁に来てくれて喜んでるぞー」
「あ、あのお父様、それはまだ気が早いです……」
おい、親父。お前、今なんつった? 息子の幼馴染に今なんつった!?
「コバヤシ家の食卓」-終-
\KOBAYASHI/




